モグリの医師

今、大塚愛の楽曲を集中的に聴いている。やはり、好きなのは「黒毛和牛上塩タン焼680円」で、これは平成版『ブラック・ジャック』のEDテーマに採用された。

だぁいすきよ もっと もっと わたしを愛して
だぁいすきよ あなたと一つになれるのなら
こんな幸せはないわ… お味はいかが?

完全にピノコの歌である。ピノコはブラック・ジャックの奥さん(おくたん)のことで、彼が卵巣奇形種の手術の際に摘出したヒトの組織を繋ぎ合わせて、一命を取り留めた少女のことである。最終話では大人の女性に成長したピノコはBJに切々と懇願する。「先生。私のこと、愛してください」「今更なにを言うんだ。ピノコは私の奥さんじゃないか」

こんなことを書いていると、BJはかなり危険な人物、危険な生活をしていると気づくが、さすがモグリの医師はひと味もふた味も違うな、と思わせる。

そうそう、ブラック・ジャックといえばパイプである。彼の余暇はパイプをくゆらし、沈思黙考することであった。折に触れてシガレットも吸ったが(勧められることが多かった)、基本的にはパイプ党であった1

今思えば、私がパイプを吸い始めたのは、BJの影響が大きい気がする。人が嗜好品に手を出す動機のひとつとして憧憬があるが、BJは私にとって、テレビ・アニメのスクリーンを通り越して、濃厚な実在リアリティを感じさせる人物だった。私も彼のようにモグリの文士になれないかしら、と思いながらパイプを吹かしているが、そのためにはまだまだ修業が必要である。


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  1. 「けむり屋日記」の記事「ブラックジャックとパイプ」を参考にした。

悪徳と悲惨と恍惚と

小説を一本書いているが、思うように筆が進まない。たぶん、集中力が足りないのである。先日、友達に「考えがとっちらかっている」と指摘されたが、そのとおりだと思う。考えがまとまらないのだ。精神的に障害を抱えていて、薬を飲んでいる以上、体調の良し悪しは確実にある。けれども、潔く諦めるかというと、そうではない。どんなに筆が乗らない原稿でも、仕舞まで書くこと。擱筆すること。一つの作品に厭きたら、二つの作品を同時に書き始めること。仕事に疲れたら勉強すること。この繰り返しである。

『カラマーゾフの兄弟』を10年ぶりに読み返している。大学の教授はこういう世界文学を若い内に読んでおくようにと言う。それは一方で正しく、一方で間違っている。知識と教養を積むのは若者の特権である。しかし、芸術ことに文学においては、大人になって、ある程度の経験を積まなければ分からないことがあるのだ。小説を読むのは、シベリアに流刑になったあとでも、老人ホームにぶち込まれたあとでも遅くない。そう思える読書がある。人間の悪徳と悲惨、そして恍惚を描くにおいて、ドストエフスキーの右に出るものはいない。後日、まとめて感想を記したい。

本業と副業

10月の給与が振り込まれた。手取18万円也。週5日フルタイムで働いてこの程度なのだから、もう見切りをつけるしかない。「ライターの仕事が軌道に乗るまで、うちで働ければいいじゃないですか」と同僚は言ってくれるが、数年間この生活を続けていれば、生計は破綻するだろう。来年ふつうに就職するべきだ。

出版社に就職すると自然、編集の仕事を任されるようになるが、そうなると、今の個人事業の文筆の仕事は立ち行くのか心配になるだろう。結論から言おう。両立可能である。並行して続けられるし、むしろそうすべきである。

経費を差し引いた粗利が20万円を越えなければ、確定申告をする必要もない。就業先の年末調整で完結するのである。そうなると、副業は楽なものだ。——今、「副業」と書いた。実際、会社に就職すると、会社の仕事が本業になり、個人の仕事が副業になるだろう。それは実態として、今とさして変わらない。しかし、副業でも仕事は仕事である。文筆の仕事は続けることができる。編集者と文士は両立するのである。就職しても、私は作家になる道を諦めなくていいのだ。

垂直と水平

大将と和解した。酒の力も借りて、わだかまりが解けたような気がする。キリストはみずからを通じて、人に神と和解することを説いたが、人はまず神と和解する前にみずからの隣人となりびとと和解しなければならないのではないか。否、まず神が先だろう。人は神と相対し、己に正直になって、初めて人と和解することができるのだ。人と神の垂直の関係が先にあり、その後に人と人の水平の関係が存する。

介護を辞めて出版に行きたい、と大将に正直に話した。自分でも当然の要求だと思う。すると、大将は今の持場(現場)で働きながら、面白おかしく介護を書けばいいと思う。知己の天才編集者が私にアドバイスしてくれたことと同じだ。しかし、私が書きたいのは介護ではなくて、人間そのもの、そして、彼/彼女が棲む社会である。それが介護の現場と重なるかもしれないけれども、やはり、偶然の一致に過ぎない。

先に自身の使命ミッションを定義する。世間的な顧慮はその後に来ればいい。人間の絆は連帯をもたらす以前に隷属をもたらす。自由はそれからの解放の過程だったことを忘れてはならない。

嗜好品

早番の勤務が終わると、私は休憩室にいる直属の上司Iさんに声をかけた。

「手巻煙草、試してみませんか? 見た目はぶかっこうですが、一本一本、私が手で巻いてきたんです」

「いいよ、一本ちょうだい」

私達はオフィスからベランダに出た。喫煙所になっている場所だ。私は普段ここに努めてこないようにしているが、この日は特別である。私はシガレットケースから手巻煙草を一本取り出すと、Iさんに手渡した。私も一本口に咥えた。

「あれ、マッチがない」私は然るべき所に在るはずの道具がなくて慌てた。「火を貸してくれませんか?」

Iさんは私に100円のガスライターを手渡した。「いいよ、あげる。たくさん持っているから」私はこの種の道具を使う習慣がないので、丁重に断った。

私とIさんは手巻煙草に火をつけると、一喫した。

「舌にピリッとくるね」Iさんは感想を続けた。「意外にキツイな」

「ヴァージニア葉を使っているから、Peaceに似た味がすると思いますよ。甘い香りがします」

私達は秋の曇天の下、言葉少なに煙草を吸った。「雨が降りそうだな。嫌な天気」Iさんはぽつりと言った。

「早番の前の日は飲むんですか? 私は一人、日付が変わる頃まで飲んで、翌朝4時に布団から飛び起きることを繰り返しているから、嫌になっちゃいますよ」

「前にも言ったように、私は家では飲まない。いつも外」

「(午後)10時くらいに切り上げるんですか?」

「ま、そんな感じ」

チェーンスモークの習慣があるIさんは私よりも先に携帯灰皿の中で、煙草の火を揉み消した。

「美味しかった。ごちそうさま」

手巻煙草を苦労して作ると、それが嬉しくて、友人知人にプレゼントすることになる。しかし、そのような煙草の交換を通じた交歓が、煙草の楽しみ方のひとつだと教えてくれた。嗜好は孤独の楽しみではない。人と分かち合うものである。