肉体と精神

ああ、よく寝た。頭痛と眼球の痛みは何とか治まった感じ。ただ、お腹の調子が悪いので、今朝は正露丸を飲んで出勤しよう。

30代も半ばを過ぎると、20代の頃のように無茶できなくなった。中年に差しかかると、人は病を得ることが多いし、自らの健康を過信することはできない。意識的な体調管理を求められるのである。

先日、築地で健康診断を受けたけど、結果はたぶん良くないだろうな。血圧は高くなったし、視力も下がった。そして、体重も増えた(笑)。このままではゴダイゴ(GODIEGO)である。

やっぱり、酒がヨクナイんだろうな。これが私のすべての病のもとになっているのである1。休肝日を設けたり、たとえ毎日飲むにしても、ごく少量にとどめるべきだろう。私は嗜みを覚えるべきだ。若い頃のように厳しい自意識を吹っ飛ばすために飲んではいけない。煙草は毎日吸わないので、大して関係ないと思う。

しかし、中年になってよかったことがある。持病の躁鬱病を飼い馴らし始めたことである。これは主に薬の効能によるところが多いのだが、以前のように生活が立ち行かなくなることはなくなった。自身の職業をライター/ジャーナリストと定めて、アイデンティティ・クライシスに陥ることもなくなった。クリスチャンの洗礼を受けたのも良かったと思う。私の青年期は、肉体の健康を犠牲にしながら、精神の健康を獲得する課程であった。そこに悔いはないのである。


  1. ただし、躁鬱病は関係ない。あれは私の遺伝と体質に根ざしているから。ただし、アルコールの過剰摂取は躁鬱病を悪化させる。

不眠と孤独

午前3時。小田和正(オフコース)の「眠れぬ夜」を聴きながら、このブログを書いている。

アリピプラゾールの副作用のせいか、それともアルコールのためか、あるいは日中、パソコンのモニターを凝視し過ぎたためか、就寝後2時間で目が覚める。ショートスリーパーは結構だが、さすがにこれは閉口だ。脳が興奮しているのだろう。

7時までにあと何時間、眠れるのだろうか。

会社の仕事は面白いし、仕事を通じて学ばせて貰っているのだが、それだけでは満足できない私がいる。それは出版、介護、教育……何をしていてもそうなのである。たった一人で課外活動をせざるをえない。「足るを知る」という麗しい言葉があるが、私はそれからもっとも遠い人間である。

会社(社会)の仕事から遠く離れた所で、「自分」というものを確保したくなる。これはやはり、自我エゴの為せる業である。しかし、それが結局、私を長いスパンで助ける拠所になるのだ。教会に属していようとも、私は普通の人々に比べて、どこか孤絶した人生を送ると思う。しかし、それが同時に私の行動の核なのだ。

金銭と地面

『塔』5月号が到着した。力作という訳ではないが、提出した10首中4首しか載らなかった。選者は誰か確認するまでもなく、本を閉じた。「悔しい」という気持は不思議に起こらなかった。「もういいや」という投げやりな感情があるだけだ。

短歌を書くのは好きだし、これからも折に触れて書き続けるけど、これからはもう結社に所属するのは止そうと思う。作家は作品を作ればよいのだから、それに付随する社交は本来余計なものである。社交が目的ならば、そのための組織に入ればいい。たとえば教会——ここで私の社交欲は健全に満たされている。

短歌結社 塔には私の居場所がなかった。昔から思っていたことだけど、会社で仕事として書いていると、結社で趣味として書いている人々と接する時に、なんとなく違和感を感じていた。昔、朝日新聞出版社で派遣社員として働いていた頃、先輩の編集者に短歌を書いていることを告げたが、「金にならないことをして、いったい何になるんだ?」と言われたことがある。無価値なことをしている、それは同時に彼にとっては無意味なことなのだろう。しかし、彼の指摘は的を射ている。

人は金を稼ぐことに頓着しなくなると、すぐに頽廃する。そのための業を磨くことを怠るからだ。文筆は兎角、空理空論に耽りがちだが、金銭を得ることによって、ようやく地に足が着くのである。私は文章を書く目的を、どこまでも金を稼ぐことに求めたい。

坊主バー

一昨日の夜、同僚と仕事終わりに飲みに行く。四ツ谷荒木町の焼きトン屋へ。美味であった。

2軒目はかの有名な坊主バーに。真言宗の僧侶がマスターをやっているこの店は、2時間に1回、お勤めの時間(お経を読む)があるなどイベントも充実している。読経の際はプリントも配られるから初心者でも安心だ。私は読み上げたり、唱えたりするのに慣れているから、抵抗はなかった。

vowz-bar.jp

お店の人と談笑しながら、仏教(特に浄土真宗)とキリスト教の共通点を探るなど、けっこう勉強になった。いやぁ、酒場で、カウンターで堂々と宗教の話ができるのは幸福なことである。苦界の中のオアシスに感じたナ。家の父方の実家の旦那寺は浄土真宗だったから、私はこの宗派に何かと縁があるかもしれない。

私はキリスト者として、他の宗教、他の宗派を学ばなければならない。隣人となりびとを愛するとは、そういうことなのかもしれない。異文化理解、多文化コミュニケーションを叫ばれる昨今であるが1、そういうのが自然にできるといいな。

最後に坊主バーのマスターも出演しているYouTubeのチャンネルを張っておく。


www.youtube.com


  1. ちょっと古いか。現代のトレンドは「多様性」? いずれにせよ、広告代理店のキャッチコピーじみていて嫌な概念だ。

Defeat of CivilSociety

会社の仕事と教会の活動が忙しくなってきた。首はかろうじて回るし、見晴らしも良いが、綱渡りをしている感じ。生活に緊張感が出てきた。言い換えると、今までどれほど弛緩した生活を送っていたのかが分かる。ライター/ジャーナリストの生活は私の性に合っているらしい。取材の予定を入れるのが好きだ。昔はこんな感覚になることはなかった。

経済学にトレードオフの原則というものがある。何かを得るためには何かを諦めなければならない。カメラを買うためには、その代金として、16,000円の銀行券を手放さなければならない。至極単純な事実である。けれども却って、人生そのものを貫く法則のように思える。人々は交換によって互いの価値を増す。しかし、そのためには何かを諦めているのだ。両方手に入れる訳にはいかない。それでは問屋が卸さない。人生はそんなに都合よくできていない。強欲な者、貪る者は戒められる。

今、私の中で何かが価値を失いつつある。短歌が危ない。いや、精確に言えば、短歌自体は危なくない。短歌を書くことは楽しい作業だし、佳い趣味だと思う。将来、歌集を1、2冊上梓することになるだろう。しかし、短歌結社が私の生活の中で、意義を、価値を失いつつある。今や、結社は会社と教会の蔭に隠れた。なかでも私の中で存在感が強いのが教会だ。会社は転職して乗り換えることができるが、教会はそうはいかない1。それは思想/良心を軸にして、私の私生活と公的生活を結合、媒介しているのである。

市民社会はキリスト社会の権威ちからの前に敗れた。


  1. その点、内村鑑三の無教会主義は宗教におけるフリーランスのごときものだと思っている。その思想は強い個人を前提としている。無政府主義アナーキズムは協同体を否定せず、むしろこれを推し進めた。ゆえに、無教会主義の個人主義は無政府主義を凌駕している。ニーチェの超人に至るのは時間の問題である。

Empowerment

今年の夏に大学のチャペルでキャンプに行くのだが、そこで私は短歌の講師を務めることになった。講座名はこんな感じにしようと思う。「詩篇と雅歌に学ぶ短歌講座」。

教会の奉仕活動は基本的に無給である。また、私の所属する短歌結社も同人誌制作の膨大な業務を一部外部に委託しているとはいえ、基本的にはボランティアで賄っている。

我が身を振り返ると、30代半ばを過ぎた頃から徐々に経済活動が活発になってきているが、それに比例してボランティアの活動も増えてきたような気がする。私は基本的に人に仕事を依頼する時は代金を払うようにしている。もし、払えない場合はそれを初めに伝えておく。人の働きに対価を支払うように努めているのは、個人事業主をした経験が大きい。フリーランスは金に困ることが多いが、それだけでなく、自分の活動を経済的に評価してくれるのが嬉しいのである。「同情するなら金を呉れ」人の尊厳はそこに懸けられていると思う。

そういう基本的な信条の持主なのに、なぜ奉仕ボランティアを引き受けるのか。答えは簡単である。いい訓練になるからである。普通、有償ではやらせてくれないことを無償でやらせてくれるのだ。自身の労働と引き換えに経験を買っているようなものである。もちろん、ボランティアといっても、仕事なのだから、そこには責任が伴うが、私の働きによって、人が喜ぶ、元気になる過程で、私も同じものを貰っているのだ。学生時代、政治学を学ぶ課程で、エンパワーメント(Empowerment)という概念を学んだ。孤独で、貧しく、打ちひしがれていた人々が、集まり、共に働くことで生きる力を得るのだ。手に職をつけることもできる。もちろん、その成果には対価が支払われるが(金を得る経験は大切である)、このような活動は有償/無償に拘っていてはできないのである。時にはボランティアの手を必要とすることもあるが、彼等は無償の労働と引き換えに、大切な経験を得ているのである。

結論を言おう。有償労働と無償労働は車の両輪のごとき物である。車のエンジンに火が点けば両方加速するのである。その人の活動の質量に比例して、両者は増大していく。こうして人間は成長し、世界に影響を与えるのである。

SocialWriter

今年のゴールデン・ウィークはとにかく多くの若者に会った。私が彼等に会うために足を運んだこともあれば、彼等が私に会うために自動車を転がしたり、電車を乗り継ぐことがあった。わが家はさながらオフィスのようであった(もう少し片づけて置けばよかった)。あまりここでは詳しく書けないが、実際に会って話す内容は、とりとめないゴシップであったり、人生相談であったりする。後輩が私を慕ってくれるのは有難いが、こうして普段のサイクルに組み込まれると、私には何か若者を惹きつける要素があるのではないか、と自惚うぬぼれたくなる。

私の職業は記者ライターだが、教会に通い始めてまもなく、聖職の道を勧められたことがある。つまり、牧師になるということである。キリスト教徒の間では、聖職の道に進むことは「召命感しょうめいかんがある」と言われる。独特の言い回しだが、要するに神様の思し召しがあるということである。しかし、私はこの言葉がなんとなく嫌である。そこに一抹の特権意識を感じる。人は聖職に就かなければ、神の思し召しに与かることはできないのだろうか? そんなことはないだろう。大統領にだって、自転車屋にだって、看護師にだって、神の思し召しは働くのである。人々は己の職業に自足し、生き生きと働くことができるのだ。

私は言葉に仕えるライターという職業を天職だと思っている。この仕事でなければ私は心と業を一致させることができないのだ。私は一介のキリスト者であれば十分で、己が分を超えて、牧師になる必要はない。それに教会で働いていれば、理想と現実に引き裂かれることもあるだろう。

次に私が職業として考えたのが、ソーシャルワーカーである。これは何となく、私の性格に向いているような気がする。実際、精神保健福祉士(MHSW)の資格を取ろうかなと思っている。他人ひとの話を聴くのは独特の訓練を必要とする。たぶん、私はライターの仕事を通じて、自分の話をする以上に、他人の話を聴くことを学んだのだ。しかし、ライターとソーシャルワーカーは本当に兼業しても善いのだろうか、その前提も疑う必要があるだろう。理由は簡単である。ライターの当為とソーシャルワーカーの当為は矛盾する恐れがあるからだ。ライターの仕事は世間の規範と禁忌に触れる恐れがある。書いてはいけないものを書いてしまう可能性を常に秘めている。実にライターは業の深い職業である。しかし、これが私の天職なのである。