BOOKMAN

Takashi Kaneko

小岩の初飲み、そして…

昨夜は仕事が終わった後、Bar Jamに飲みに行った。元旦に軽く一杯やったのは別にして、今年初めてちゃんと酒を飲んだ気がする。ついつい杯を重ねたので、勘定はそれなりにいったが、新年の初飲みとしては、これくらいの方が景気が良いだろう。小岩の飲食店で、Jamの他に行く店としては、Bar 440Hz、居酒屋 菊乃屋、焼肉屋 おがた。このくらいである。すべての店に顔を出せないが、今年もよろしく、と言いたい。

一夜明けて、今日、求人広告のアルバイトの面接を終えた。パソコンの画面越しであるが、大変良い印象を受けた。二次面接の機会を頂けることを強く望む。給料はそこまで高くはないけれど、経済的・心理的安定を得つつ、仕事を通じて、自身の能力ちからを更に拡張することが出来るのではないか。嬉しい音信おとずれが来ますように。

フットワークの軽さ

転職活動と並行して進めている、求人広告作成のアルバイトの書類を提出し終えた。私はこれまで印刷・WEB問わず、求人広告を書いたことはないが、仕事の幅が拡がるものとして、前向きに考えている。何より採用されれば、収入が増大し、生計が安定する。万が一、転職活動が思うように行かなかった時の予防線にもなり、経済的・心理的安全性に寄与する。大事なことだ。

数年前の私ならば、複数の仕事を組み合わせる、しかも同時に転職活動を並行させる器用なことは、とても出来なかっただろう。特に出版社で派遣社員をしていた頃、老人ホームで介護職をしていた頃は、そのようなことは考えられなかったはずだ。39歳、アラフォーになって、こういう発想をし、行動をしているのは、仕事ざかりであるし、ライターという職業がそうさせるのだろう。書くことによって、フットワークが軽くなるのだ。

現在、ライターとして請負の仕事はしていないけれど、教会の仕事が私に自信を与えてくれたのは間違いない。教会では執筆・編集・組版の仕事はそれほど多くないけど(むしろ、宣教者ないし伝道者として、会衆の前に体当たりで出て行く場面が多い)、本業の他に本気で仕事をする姿勢が私を鍛えてくれたのは確かだ。

キャリア・コンサルタントの凄み

dodaのキャリア・コンサルタントと面談を行った。編集者・ライターの求人は競争率が高いので、とにかくたくさん応募して、面接の機会を作るのが大事らしい。こちらから求人を検索しなくても、先方が非公開求人を案内してくれるので、毎日チェックして、応募し続ける他ない。

しかし、キャリア・コンサルタントという職業は凄いと改めて思う。履歴書、職務経歴書の行間を読んで、こちらが転職活動に至った背景・経緯を、すばやく察してくれる。彼らが紹介してくれた求人には、私の身上をおもんばかった、なるほどと思わせるものが幾つもあった。転職のプロはやはり違いますな。自身の人生経験のみならず、他者の行動をたくさん観察してきたのだろう。

来年4月までに仕事を決めたい。そのためにはあらゆる手を尽くす。SPIなどの適性検査の勉強もしなければならないし、乱れた生活リズムを整える必要があるだろう。しかし、今日は(昼にも関わらず)凄く眠い。仕事まで一眠りするとしますか。

主の祈り

三ヶ日は銀座に人が少ないはずなのに、昨夜は酒場に人が押し寄せてきて、この店に就職して以来、もっとも勤勉かつ俊敏に働いた。しかし、人間の酒を渇望する心は凄まじい。まさしく鬼相のごときである。渇きを癒やすためならば、大枚を幾らはたいても惜しくはない。しかもそれを家の外でやりたがる。私も外で飲むのは好きだが、そこまでの情熱はない。正月で店が開いてなければ、自宅の書斎で静かにるだけだ。冬はホットウイスキーがうまい。

退勤後、総武線の車内でTwitterを見ていたら、アメリカがベネズエラに軍事攻撃をし、大統領夫妻を国外に連行したというポストが流れた。政権与党である自民党以外の政治家、共産党員、知識人などが「侵略」であると続々と非難している。ロシアに続き、こんな蛮行が世界で許されるのだろうか。国連の常任理事国の5ヶ国中2ヶ国が、かつて構築した体制を自ら破壊する暴挙に出ている。

20年前、私が法学部で学生をやっていた頃は、国際政治ないし国際秩序は暴力の少ない、徐々に良い方向にシフトしていく、と明るい展望をもって語られていた。軍事力、経済力によるリアリズムよりも、規範理論に基づく理想主義イデアリズムが国際政治学で幅を効かせていたと思う。あとはポストモダンの差異の政治学か。懐かしい。懐かし過ぎる。学生時代の私たちの頭はお花畑だったのだ。日和見な政治学は一度、死ななければならぬ。罪人の手によって、十字架に挙げられたキリストのように。

遅きに失した感はあるが、政治学者の山口二郎氏が昨年のクリスマス・イブに次のようなツイートをしている。

氏は北海道大学、法政大学で長らく教鞭を執られているが、その中でキリスト教に接する機会があったのだろうか。クリスマス・イブの夕の食卓に主の祈りを唱えておられた。

天におられるわたしたちの父よ
み名が聖とされますように
み国が来ますように
みこころが天に行われるとおり地にも行われますように
わたしたちの日ごとの糧を今日もお与えください
わたしたちの罪をおゆるしください わたしたちも人をゆるします
わたしたちを誘惑におちいらせず 悪からお救いください
国と力と栄光は 永遠にあなたのものです アーメン

政治学者にはキリスト教徒が多い。西洋の古典を紐解く中で、その教えに触れることが多いからだろう。私がキリスト教徒になったのは、政治学の教養と無関係ではない。否、それと密接に結びついている。私は大学/大学院を卒業すると、関心は政治学から文学、神学に移ってしまったが、それでも政治学を捨てたことはなかった。

歳を重ねるにつれ、私が世界と人間の悪を知りながらも、希望を失わなかったのは、政治学とキリスト教のお陰と言っても過言ではない。私は学生時代、社会で役立つ学問はしなかったけれども、政治学で得た教養は、確実に今の私を助けて、悪から救い出しているのである。

転職活動開始

ああ、今日も夜の仕事だ。金を稼ぐためには働かなければならないけど、水商売に辟易している自分がいる。

仕事の愚痴はこれくらいにして、先程、転職サービス dodaに登録した。来週、月曜日にキャリア・コンサルタントと面談するので、職務経歴書などの資料を書き直していたところだ。

なるべく楽に多く稼ぐ。転職先の会社に求めているのはこれだ。ライターの求人も探しているが、私は会社の仕事を通じて、ライターとして自己実現したい訳ではない。それは自分でやればいい。なので、編集の仕事および、その周辺の業務も見ている。

途中の空白期間はあったものの、今まで新聞・出版業界を中心に働いてきた。しかし、左記の業界は今では斜陽産業だ。せっかく転職するならば、次はWEB業界で働きたい。こうして、毎日ブログを書いているのだから、それなりの親和性はあるはずだ。

企業に正社員として就職すると、書けなくなるのではないか、という疑念があるが、次はそんなことはないと思う。私は社会で働きながら、自分の作品を書く勤勉さを徐々に獲得しているからだ。

主イエス命名の日

元旦は例年どおり、池袋の立教学院諸聖徒礼拝堂の聖餐式に参列した。当日は主イエス命名の日。聖公会では一応そうなっているが、他教派でもそうなのだろうか。12月25日に生まれて、名前を付けるまで、一寸ちょっと時間が掛かり過ぎではないか、と思うが、教会歴、すなわち神によって与えられた期節は、人間の思惑を超えているので、そういうことなのだろう。

聖餐式の後は、海外から立教を訪れてくれた方々を迎えて、祝会を開催した。久しぶり、仕事を離れて、拙い英語を話すことができて、楽しかった(やはり、私はリスニングが苦手だ)。献金の会計処理も済ませた後(キャサリン姉貴には世話になった)、教父、学生と、近くの中華居酒屋でイッパイやった。

地元の小岩に帰った後は、早稲田の学友とカンパイしようとしたが、連絡が付かないので、大人しく家に帰り、一寸仮眠を取った。気乗りのしない転職活動の準備などをしつつ、ジントニックを飲みながら、教会の神学博士とチャットを交わす。衣服、電算コンピューター、洋酒などについて、各々のスタイルに裏打ちされた楽しい会話を交わすことができた。

と、元旦は少し孤独さびしさを感じたけれど、終日完全な休日を味わい、気力、体力ともに回復して、正月二日目の今宵は、酒場に仕事に行く——。

謹賀新年 主の平和

昨夜は3時に寝たが、今朝6時半に目を覚ます。おそらく、薬の影響だろう。アリピプラゾールを12mgから6mgに減薬したから、神経細胞間のドーパミン濃度が高まったのかもしれない。

閑話休題それはともかく、明けましておめでとうございます。今年も宜しくお願いします。皆様に主の平和がありますように。

まあ、昨夜の銀座の酒場の話でもしましょうか。

大晦日の銀座はバー、レストランなど、ほとんどの飲食店が閉まっていて、街は死んだように静まっていた。ナンパ街ピックアップ・ストリートと呼ばれる、コリドー街も例外ではなく、照明はほとんど落とされ、暗闇の中を人影が一人、二人と足早に通り過ぎて行った。そもそも街に人が居ないのである。

しかし、それでも売上を求めて、酒場難民を狙って、大晦日も営業しているのがうちの店である。

日本人はほとんど来ない。家でコタツに当たりながら、家族団欒で紅白を観ているからだ。

なので、銀座の酒場バーに残された我々には、外国人観光客が大挙して押し寄せて来る。——そんな場面もあったし、客席は一時満席にもなったが、それでも比較的落ち着いていたと言える。

2024年のインバウンド需要の時は凄かった。「マティーニ、マンハッタン、ギムレット、ウイスキー・サワー!」カクテルの注文が多く、始終、シェイカーを振っていた。

やはり、日本から外国人を追い出すことを望んでいた、高市早苗が首相になったことが大きいのだろう。2025年の年末は2024年の年末に比べて、外国人観光客が減っている。中国人も減ったが、欧米人も減った。言葉の精確な意味で、明らかに反動が起こったのである。そして、それに安堵している自分もいる。

語学が苦手な私にとって、外国語で仕事をするのは結構ストレスが溜まる。それは、たとえ外国人向けの商売と割り切っていても、そうである。その中には一定数マナーを心得ていない者もいて、心理的安全性を確保するのが難しい時もある。

本音を言えば、私も地域に根付いた、地域の人々に愛されるバーで働きたかった。しかし、そのような私のささやかな願望は、もはや国際的観光地と成り果てた銀座で叶えるのは難しいのだろう。だが、それでも私は大人の社交場であるバーが好きだ。