Y先輩のスタイル

築地の出版社で派遣社員をしていた頃のことである。記者ライター編集者エデイターなど出版業界の花形になれなかった私は、業務部と呼ばれる、いわゆる生産管理部門で、書籍、雑誌の用紙の選択、計算、発注、バーコードやISBNなどの法文の校正など、編集以外の雑用を、月曜日から金曜日、10時から18時まで(祝日を除く)たんたんとこなしていた。私は特筆すべき才能も技能もない、一介の事務員オフイスワーカーにすぎなかった。その日も私は、ISBNを校正した奥付のゲラを持って、編集室に足を運んだ。編集者が作家を探すために足を使うように、事務員は編集者を探すために足を使うのである。その先輩(仮にY先輩と呼ぼう)は打ち合わせから帰ってきたばかりで、灰色のフェルト生地のリュックサックから、16インチのMacbook Proを取り出した。彼はその愛機を会社から支給されているWindows PCの隣に置くと、エディターよりむしろ、株の仲介人トレーダーのように画面を凝視して、マウスをかちかちやりはじめた。

「『中東の真実』の奥付のゲラをお持ちしました。ISBN、問題ありませんでした」

と、私がおそるおそる言うと、

「そこに置いておいてください」

彼はMacのモニターを凝視したまま、ニコリともせず言った。

Y先輩は多才な人だった。その関心は経営学、国際政治、野球、コンピューター、デザイン、占星術にまで及んでいた。彼の凄い所は、その関心を無益な趣味に終わらせず、仕事に、商売に繋げることだった。書店に並ぶ本がすべてを物語っていた。Macbookを収めた鞄を背負う彼の姿は、ライフルを背負った傭兵のようであった。Y先輩は自分のスタイルを持っていたのだ。自宅でも、会社でも、取引先でも、朝でも昼でも夜でも、彼は仕事をしていた。時間と場所を選ばなかった。ワーカホリックだったのだ。

私も自分のスタイルを持ちたいと思った。