開高家の孤独

「もっと手紙を送ってくれないか。孤独なんだ」

芥川賞を受賞した直後、開高健谷沢永一にそのように書き送っているが、世間の注目を浴びていても、本人の胸中は期待と不安で押し潰されそうになっていた。「その頃、小説家になって間もなくのことだから、どうやって暮していいものか、教えてくれる人もなくて、途方に暮れていた。知人らしい知人もなく、先輩らしい先輩もいない1」と、後年、彼は短編小説で当時の心境を明かしている。開高の実生活は、佐々木基一武田泰淳など、彼が生き悩んでいる時は助言し、さらに彼の作品の発表の機会を与えてくれる先輩はいたけれど、それでも彼はいつでも言い知れぬ孤独を感じていた。それは誰からも見られず、聞かれず、自身の肉体に閉じ込められる淋しさであった。それは他人と交情しても癒しようがなく、むしろ、ますます孤独の深みに堕ちていく。彼はこの地獄を『夏の闇』、『花終る病』などの小説で描いた2


  1. 開高健「掌のなかの海」『珠玉』文藝春秋、1990年。

  2. 開高の描いた孤独は、ハンナ・アレント無世界性ワールドレスネスの概念に等しい。また、彼の愛読書である、ジャン=ポール・サルトルの『嘔吐』の雰囲気に極めて近い。