経験という名のデモン

政治学は経験科学である。これは古代ギリシアの時代、アリストテレスの頃から言われていることで、本を読み、頭の中で論理的に考え出すことよりも先に、現実の政治をつぶさに観察しなければならないということである。

学者にも二つのタイプがある。書斎派と路上派である。書斎派は文字通り、そこに閉じこもって学識を深めるのに対し、路上派はそこに行き交う人々に取材して知見を得る。どちらが優れているという訳ではない。しかし、最後に断片的な情報を総合するのは、その人自身の経験である。南原繁は「政治学に先生はない。……おのがデモンに聞け1」と言った。経験とはデーモンのように、善悪をないまぜにした、言葉にしがたい、欲望、希望のようなものだろう。ソクラテスを引いて、魂と言い換えてもいいかもしれないけれど、やはり、それとは本質的に違うような気がする。

本書の主人公は南原繁である。私は最近、集中的に彼の書いたものを読んでいる。そして、並行して伝記的事実を調べていると、『おのがデモンに聞け』に逢着した。本書は戦前、戦後に生きた5人の政治学者の評伝として読めるし、また、日本政治学の研究書としても読める。著者の都築勉さんは、現代の政治学者としては異色で、文体スタイルにおいても楽しませてくれる。丸山眞男の薫陶を受けて、政治学を志した人だから当然かもしれない。

読後、現代の政治学者が忘失したもの、政治学に失われたものを思わざるをえなかった。それは南原繁に即せば、理想、と言えるかもしれない。


  1. 都築勉『おのがデモンに聞け』(吉田書店、2021年)343頁。