魂の平和

この頃、思わぬ時に内省したり、あるいはただボンヤリ時を過ごしたりしてしまって、身辺雑事が手に着かなくなってしまっている。

生来、神経症に苦しめられていた中村真一郎は、自分の人生の目標は魂の平和を得ることだ、と折に触れて語っていたが、彼はその境地を得ることは稀であった。彼は愛と美を描くことが、自分の文学的使命だと称していたが、実人生の彼は頻繁に希死念慮に襲われていたし、その作品も彼の人生の苦しみを投影していた。『魂の暴力』『陽のあたる地獄』などの作品群がそれを表している。

私の人生観も基本的に彼と同じで、この地上は地獄だと思っている。私は祝福された1、他人とは違う特別な存在であると自覚しているが、それでも病気、貧困、絶望に挫けそうになる時がある。

それでも、この混乱と闘争に満ちた地上において、ひとえに人々に平和をもたらすものは愛ではないか、と今では思っている。愛と恩寵は同義である。それは人々が歌い、物語りをする動機にして目的なのではないか。アルファにしてオメガである。


  1. 神に、と言ってもいいかもしれないが、実は、私はその表現に特別のこだわりはない。ただし、神性ないし善性は、地上に住まう肉体を備えた、人間という有限な存在を通じて顕現されうると信じている。