BOOKMAN

TAKASHI KANEKO

バックヤードの一角

「出戻り、おめでとう!」

遅番の仕事終わりに、宮崎さんと会社近くのコンビニで乾杯した。私はビール、宮崎さんは第三のビールを片手に、柿の種をおつまみにした。

「君のこと待っていたんだよ。訪問介護もやっているんだって。やっぱり、君はアグレッシブだな」宮崎さんは破顔の笑顔を見せて言った。「あと、ライターもやっています。今、山谷を取材しているんですよ。なかなか上手くいかないですけどね」私は駐車場のフェンスに腰かけて言った。私は体力に余裕があるとはいえ、お互い肉体労働の後で疲れていた。「あそこに坐ろうよ」宮崎さんはバックヤードの一角を指差して言った。「あそこが僕達の定位置じゃないか」

宮崎さんは夜勤以外のすべての勤務をこなす、私と同じ非常勤の介護職員だ。「私も夜勤止めちゃいましたしね。持病に悪いし、生活が崩壊するんですよ」私は秋の宙を見上げて言った。「働きざかりの三十代の男がいつまでもアルバイト生活をしている訳にはいかないから、そろそろ本気で転職先を探そうとしています」私は柿の種をビールで流し込んだ。「やっぱり、年齢に見合う丈の給料が欲しいよな。歳を重ねるにつれて、何かと出費が増えるから」宮崎さんは後輩にアドバイスをした。

私達の話題は自然と仕事の事、介護の事になった。「**に戻って来て驚きました。昔よりも露骨に虐待の噂を耳にします」早々私は穏やかならぬことを口にした。「私も一人で夜勤をしていたことがあるから分かります。夜、眠らない老人を何度もベッドに転がしました。悪いことをいっぱいしました。介護に限ったことではありません。前職の出版でもそうです。仕事をすればするほど罪を重ねる。私はそれに疲れてキリスト教徒になったんです。もう、みずから進んで悪を為す必要はないんです」宮崎さんのお父上は無教会派のキリスト教徒だと知っていたので、かなり踏み込んだことを話した。「昼間だと人(職員)が多いから、ぐっと我慢できるけど、夜になると寝不足で神経が苛立っているし危ないよな」宮崎さんは残り少なくなった缶ビールを飲み干して言った。「だからと言って、老人を敢えて殴る人の心理を私は理解しかねます。多分、その人は自分の自我エゴを抑えきれないんです。家庭や社会で他人と接していく中で、自身のエゴを飼い馴らす術を覚えなかった。結局、自分の思い通りにしたいんですよ。だから、殴ってしまう。そんな人は仕事を替えた方がいいんです」私達は冷たい秋風に吹かれながら、空になった缶ビールを片手に舗石の上に坐っていた。

「宮崎さん、もう一杯やりましょうよ。次はもう少し明るい話をしませんか」私達は重い腰を上げると、ガラス越しに店内の蛍光灯に照らされながら、再びコンビニに足を運んだ。