性愛、慈愛、友愛、神愛。人にはさまざまな愛の形がある。本書は愛の概念の歴史を、プラトン、アリストテレスのギリシャ哲学から、ナザレのイエス、アウグスティヌス、トマス・アクィナスのキリスト教神学を読み解くことを通じて明らかにする。優れた思想史は、ただ概念の変遷を追うのみではなく、その本質を解明してくれる。つまり、著者の山本芳久は愛することの普遍的な意味を示しているのである。愛は私達に喜びをもたらす。『ヨハネ傳福音書』には次の一節がある。
我これらの事を語りたるは、我が喜悦の汝らに在り、かつ汝らの喜悦の満たされん為なり。
本書は講義形式の入門書であるが、思想史の醍醐味を伝える、優れた研究書でもある。思想史に限らず、歴史学というものは、専門だけでなく、その周辺の該博な知識がなければできない仕事である。この本を手がかりにして、聖書、アリストテレス、トマス・アクィナスを実際に読んでみたいと思う人は少なくないだろう。翻訳のみならず、原典に当たる人が増えれば幸いである。そして、気づかされるのは、学問、芸術、宗教は、本来は楽しいという事実である。愛について考えている人は、愛に悩んでいる人である。その解決の糸口がこの本にあるのではないだろうか。