祝福

友達と「10年後、20年後、どうしていたい?」と話し合った。私は「人に何かをしてはいけない、と言うのではなく、こうすればいいんじゃない、と背中を押すような人になりたい」と言った。「それを聞いて安心したよ。カネゴンが文学者としてのキャリアがどうこうと言ったら、説教してやろうと思ったけど、俺たちが目指すのはまさにそういう大人になることだよね」

キリスト教の司祭は人々を祝福するのが務めである。聖蹟サクラメントを執りなす権限を神から委ねられているためであるが、私たちキリスト者は司祭であれ、伝道師であれ、信徒であれ、この世の片隅で小さくされている人々の背中を押し、彼らの存在を祝福するのが務めなのである。