BOOKMAN

Takashi Kaneko

東京湾景

私は30代で老人介護、業界新聞の記者を経験した後は、小説を読むことが少なくなったが、それでも近頃は敢えて読もうとしている。自分でも小説を書きたいためだ。ただ、割合としては、小説2割、その他、神学・哲学書が8割以上を占めている。もともと学者肌で、学問が好き、というのもあるが、この頃は虚構フィクションではなく、事実ファクトの重みに圧倒されることが多い。40年近く生きてきて、「事実は小説よりも奇なり」と思うに至り、作り物の小説ではもはや感動できなくなってしまった。

吉田修一『東京湾景』は半分は事実、半分は虚構の小説である。作者は実人生をむやみに明らかにするタイプではないが、本作の主人公 亮介が品川埠頭で働いている描写は、おそらく、作者の実体験に基づいているのだろう。その点に私は興味を覚えた。

しかし、ヒロインの涼子ないし美緒の造形はいささか作り物めいている、と感じた。男性の作家が女性を描くのだから、ひとえに想像力に頼るのは当然であるが、それにしても限度がある。少し前(といっても、10年、20年以上も前だが)に流行った、マンガ、アニメの少しズレた、天然系のヒロインの影響を受けているように感じる。私はそれに萎えてしまった。現実の世界には、そのような女は存在しないからだ。

虚構ないし作り物が嫌ならば、小説を読むのを辞めればいいではないか、思われるかもしれないが、私は小説が持つ想像力に賭けたいのだ。そこに文学の可能性があるような気がする。虚偽ではない、真実の想像力とは何か、という問題も考えることができる。

いろいろと辛辣なことを書いたが、本作の出会い系サイトを通じた恋愛は、現代のマッチングアプリを通じた恋愛の先取りをしているし、何よりも、亮介と美緒の階級を越えた恋愛は古典的でありながら、好きなテーマである。作家の次の作品に期待したい。