BOOKMAN

Takashi Kaneko

クリスマス・イブの孤独

昨夜は友達に馬刺し(馬レバー)とお酒をご馳走になった。また、Bar Jamでささやかな誕生日のお祝いをして貰った(そのため今朝は朝帰りである)。昔、出版社で派遣社員をしていた頃や、老人ホームで介護職をしていた頃には、考えられないことだ。お祝いしてくださった皆様には、この場で改めてお礼申し上げる。

思えば、一人で己の誕生と主の降誕を祝っていた時に比べて、私の周囲は驚くべきほど賑やかになった。これはけっして私一人の力ではなく、ひとえに主と神の愛の賜物であるが、ふとした瞬間、私は孤独であることに気づく。

これはネガティブな意味ではなく、人間はこの世界に生まれて死んで、神の御元に帰るまで、結局、一人ではないか、ということである。人間はこの地上において、神の恩寵を受ければ、友達も、恋人も、師匠も、弟子も得ることができる。彼らは私の生活を賑やかにし、孤独を慰めてくれるが、私の孤独そのものを無くすことはできないのである。

イエスはペテロに範を示したように、人々を捕る漁師すなどりびとであったが、弟子に囲まれながらも、彼は一人、寂しき所で祈っていたではないか。また、開高健は「孤独は作家のヘソのようなものである」と言った。それは個人の努力、人々の親切では、取り除くことはできないモノである。

歳を重ねるにつれて、私の孤独さびしさは徐々に和らいでいった。それはある程度、逞しくなった結果なのかもしれないが、ふとした瞬間、私は相変わらず、孤独であることに気づくのである。それは少し悲しいことなのかもしれないが、私たちはこの地上で、孤独であればこそ、祈り、もと来た道を辿って、帰り着くのである。