BOOKMAN

Takashi Kaneko

珈琲の夢

昨夜は酒を一滴も飲まず、煙草と珈琲を一服、二服、三服して、納豆飯を食い、最後に抗精神病薬を飲んで、眠りに就いた。すると、明け方まで断続的に夢を見続けた。

夢の内容はすべて覚えていないが、私の潜在的な願望、欲望、トラウマを反映したものだったように思う(時に希望もあるが、昨夜はその要素は少なかった)。

私は自らの行動の指針として、夢が指し示すものにそれほど重きを置いていないが、普段、私たちの日常の意識が、どれだけ、私たちに潜在する無意識を抑圧しているのか、その事を改めて思う。やはり、夢は非日常的な現象なのだろう。

古代ギリシアから旧約・新約の時代に至るまで、夢は存在者に対する神の宣託の契機として捉えられてきた。夢は存在者の本来の希望、願望を映し出す鏡として機能してきたのである。してみれば、夢の観照は人間存在を本来の在るべき形相、位置に差し戻す効能を秘めているのではないだろうか。