8月に入ると、火曜日が定休日になった。今日は自宅で落ち着いて過ごせる初めての休みだ。最近は会社の仕事以外に、キャンプの準備で教会の仕事も忙しいので(その後、兄弟姉妹と飲みに行ったが)、しばらく纏まった休みが取れなかった。
働き過ぎて普通に疲れている。気分が持ち上がらず意欲が湧かない。ちょっとした鬱状態になっている気がする。抗精神病薬を飲めばいいが、なんだかその気にならない。代わりに酒と煙草でごまかしている。特にこれといった手当をすることなく、時間とともに肉体、精神が回復するのを待つしかない。
しかし、今回の鬱の原因はいったい何だろう? 単純に体力が低下しただけなのかもしれないが、それ以上に人交わりをし過ぎたような気がする。人疲れ、という奴だ。業界新聞で働いていた頃、先輩に「君は社交性のお化けだ」と言われたことがあるが、これは私の生来的な特性ではない。
私の途轍もない社交性は、文学修業によって表現力が磨かれたこと、「天才病」とも称される躁鬱病を発症したこと、教会の兄弟姉妹と言を分かち合い、強められていること(世間一般の人々に比べて、明らかに人慣れしている)、あるいは単に歳を取って面の皮が厚くなったことに起因している。
こういうふうに書いていると、だんだん気分が持ち上がってきたような気がする。コーヒーを飲んで、煙草を吸ったら、なんだか元気になってきた。しかし、それでも今日は神と繋がる孤独の時を持ちたい。キリスト者にとって、孤独と社交は車の両輪なのである。