BOOKMAN

TAKASHI KANEKO

荷風の遺産

職場でキーボードを敲いていると、私達の会社を担当している保険のお姉さんが近づいてきた。

「貯蓄・投資に興味があると聞きましたけど、30年積み立てて、満期が来て受け取れる個人年金があるんですけど、いかがですか?」

「30年積み立てるとすると、私が今年38歳だから、68歳で受け取ることになる。遅いですね。私はもうその頃にはこの世とサヨナラしている可能性がある」

「そうですか。では、60歳で受け取れる個人年金をご用意してきますね」

葛飾の晩秋の寒さが身に染みる。晩年、この地に居を構えた永井荷風を思う。彼は昼食にカツ丼を食べたあと、血を吐いて死んだ。亡骸は記者に暴かれた。いわゆる孤独死である。

永井荷風は死語、銀行口座に莫大な財産を遺したという。彼の我儘放題の人生は結局、金で贖われた訳だ。