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Takashi Kaneko

聖書を読んで学ぼう話そうの会 復活

今週、第2主日の礼拝後、立教大学チャペル会館で聖書の読書会を行った。会の正式名称は「聖書を読んで学ぼう話そうの会」(通称:聖書の会)。2020年に発足して2024年に一旦休止したが、今年7月をもって、テスト運用というかたちで、再開する運びとなった。

6年前の会の企画・発足自体は、現在はチャペルから街場の教会に移られた方が担当していたけれども、今回のリニューアルにあたっては、私が主日会衆委員会の宣教担当として、主宰者/責任者を務めた。歴代のチャペル信徒の思い、行い、働きを引き継いだとはいえ、自ら進んで再開した企画だけに、やりがい、充実感は大きい。聖書を人々と共に読むことによって、神のことば隣人となりびとと分かち合うのは嬉しく、喜ばしい経験である。

今回、聖書の会を運営してみて思ったのは、私はこのような勉強会、読書会の企画者プロデューサーに極めて向いているという事実である。学生時代にいくつものゼミに参加、企画し、卒業後も読書会、研究会を主催していた自分は、この手の仕事の経験が蓄積されているのだろう。聖書の読書会を通じて(もちろん、礼拝も欠かせないが)キリスト教の洗礼に与ったのは意味深い事実である。私は本質的に教会の執事、司祭ではなくて、聖書の伝道者エヴァンジェリストなんだと思う。

出版、福祉と絡めて、将来、この事業で生計を立てられないか、と改めて思う。事業とはもちろん伝道である。

恩寵に満ちた日々

昨夜、ジンを、それもけっこう飲んでしまって、今日は身体が疲れていたのか、たえず眠くて、集中力が持たなかった。今夜こそ禁酒を達成し、眠気が差したら、抗精神病薬と睡眠薬を飲んで、さっさと寝てしまおうと思う。それまでは安い紅茶を飲みながら頑張りたい。

来週の主日にチャペルで、聖書の読書会を行う予定だ。企画者はもちろん私だが、この頃の私は聖書をあまり読んでいない。小説、随筆ばかり読んでいる。神学をいったん棚に上げて、文学に打ち込んでいる様子だ。

文学においては、太宰治、吉行淳之介を読んでいる。前者は聖書を愛読していて、基督教文学の立場に近いが、後者はまったくの無神論である。ただし、お互いに欲望の誠実さ、罪深さ、人間に対する優しさを持ち併せているという点では一致している。

私が文学に開眼したのは、今に始まったことではなく、学生時代、青春時代の志を今も持ち続けている為であるが、聖書を愛読したのも今に始まったことではない。大学1年生、18歳の時から始まっている。新約聖書を初めて読んだ時、私はこのテキストを文学的、政治学的に解釈した。私のこの傾向は今も変わっていない。聖書を神学的に読むようになったのは、教会で洗礼を受けた後の習慣である。

洗礼の秘跡は消すことができない。神の愛が私に働き、私は復活を、生まれ変わりを経験している。しかし、改めて思えば、私が新約聖書に触れた18歳の冬の時も、私は恩寵に満たされていたのではなかったか。それゆえ、今の私は学生時代の私と寸分の違いもない、と結論づけたくなるのだ。

忙殺の中にも

仕事は面白い。私が就労支援員として担当する利用者が決まり始め、履歴書の添削、面接練習などを徐々に手掛けるようになった。今は内勤の仕事が多いが、今後、面接同行、通院同行など、利用者をケアしながらも、企業に対する折衝の機会が増えるだろう。基本的に私はハコの中で飼われるよりも、むしろ、野に放って好きに動かして貰うほうが、会社に益する所が大きいので、社長には是非そのように心得て貰いたい。

入社して3ヶ月と、まだ日は浅いが、企画に参加するので、今後、週末も出勤になる見通しだ(一応、平日に代休が取れる)。その他に障害福祉の基礎研修や、サービス管理責任者の研修など、学ぶべきことが山ほどあるが(時には家に持ち帰ることも予想されるが)、プロフェッショナルとして仕事をするためには必要な階梯なので、会社にも自分にも益する機会と考えて、真面目に取り組みたい。しかし、週末も出勤となると、精神保健福祉士の通信課程が受けられなくなるが、また、別の機会に回すほかないだろう。資格を取るにも時がある。

幸いにして期待されているのか、会社の仕事が益々忙しくなるが、それにもかかわらず、文学者、キリスト者としての自分の働きを忘れてはならないだろう。世俗の雑事ザッへに忙殺されながらも、書を読み、書き、そして、ことばに仕えるのである。

酒ぎらい

この頃、酒を飲み過ぎていたと反省する所があり(第一、日中の調子がヨクナイ)、今夜、再び禁酒に挑戦する運びとなった。私が禁酒ないし節酒に挑戦する動機は次の3つである。

  1. 健康のため
  2. 減量のため
  3. 節約のため

1の直接的な動機は痛風が原因になっているが、今年40歳になることもあり、尿酸値、γGTPを意識せざるを得なくなったこともある。

2は1と重なるが、中年になって、衆人にデカ腹を曝したくない、という切実な思いがある。歳を取るのは仕方ない。しかし、それでもなお、綺麗な身体、格好いい身体でいたいのだ。

3はこの頃気づいたのだが、アルコール摂取の総量を減らすと、家飲みを初めとして、外で飲む動機および機会が少なくなるのである。近年、ことに去年は酒場の勘定が並々ならぬものだったので、今年はグッと減らして、再び貯金に転じたいものだ。

等々、人が酒を遠ざける理由は様々だが、好きだからこそ、なお距離を置きたいというのは、人間の不思議な心理である。なお、掲題は太宰治の随筆から採った。

未明

未明にホワイトホースとジョニーウォーカーを飲む。特に後者の12年(ブラック)は、スモーキーでありながらも、コクと甘みを感じられて実に良い。

吉行淳之介『夕暮まで』を読み終わる。中年男の恋愛の哀しさを書いたと言えばそれまでだが、文学に身を投じたい気持がますます強くなった。しかし、私の中で吉行淳之介の最高傑作は『鳥獣虫魚』なんだろうな。一人称で書かれているのが魅力的であるし、傷ついた人、壊れた人がちゃんと出てくる。聖書、開高健によって養われた、そういう視点は変わることはないだろう。

小岩の酒場師 2

「兼子くんは相手がして欲しいことを先回りして動いてくれるし、もし良かったら明日もお願いしていいかな?」

お手伝いを通して、お金にもスキルにもなるだろうと始めた、小岩のBar Jamのアルバイト。翌日は主日のミサに加え、ミーティングが3本あるが、今回は挑戦すべき時だと考え、2日目の勤務も快く引き受けたのであった。

2日目はさすがに初日に比べて、客足は落ち着いていた。シャンパンもポンポン出ることもなく、お客様から頂いたハイボールで、喉を湿らせていた。

閉店の午前4時頃になると、さすがに落ち着いたので、眠気と併せて翌日(当日?)のこともあるので、私は退勤を申し出た。バーを後にすると、空腹を感じたので、近くのすき家でイッパイ食べた。汗をかいたから、濃い味付のものが欲しかったのだ。

通風の後遺症で痛む足を引きずり、引きずり、自宅に帰宅。2時間眠り(短時間で目が覚めた)、ミサに参列し、ミーティングを3本こなして、その日は泥のように眠った。酒は飲まなかった。

小岩の酒場師 1

今週の金曜日、Bar Jamのバーテンダーの一人、長谷川さんが翌日、誕生日を迎えるので、私は補助エンジンのごとくヘルプに入った。

勤務時間は午後11時から午前5時。私は主に洗い物を担当した。飲食の現場で働くのは久しぶりだが、Jamには以前もヘルプに入ったことがあったので、すぐに要領を掴んで慣れることができた。

ハイボール、ウイスキーサワーなどのカクテルを作る他に(未明にシェイクする機会を頂いた)、長谷川さんの誕生日ということで、お客様からたくさんのお酒を頂戴した。ハイボール、シャンパンの他に、ウイスキー、ブランデーを一気することもあったけど、カウンターの内側で働きながら飲むお酒は格別だった。

昨夜の働きが評価されたのか、今夜もヘルプに来ていいよ、と言われた。明日、主日礼拝があるが、2時間くらい寝れば大丈夫だろう。

小岩の酒徒として酒場をハシゴして、それなりの年月が経つが、自分がまさかお酒を飲む側から、作る側に回るとは思わなかった。こうして酒場師バーテンダーは育つし、時代は巡るのである。