BOOKMAN

Takashi Kaneko

修道院から酒場まで

新年度の疲れが溜まったのか、昨夜、発熱、鼻水、咳など、風邪の症状が発現した。そのために今日は会社を初めて休んだ。職場の人々に迷惑を掛けてしまったが、チームプレイで乗り切ったとのこと。個人事業ならばともかく、会社の仕事は人々の協力で成り立っているとつくづく思う。

遅ればせであるが、ゴールデン・ウィークの出来事について記したい。

5月3日は主日礼拝の後、連れ合いと北千住、金町を散歩した。定食屋、バーなど隠れた名店を発掘して、ご満悦であった。しかし、北千住はどうして、こんなに美容室が多いのだろう? 完全に供給過多だと思うが、それでも成り立っているから、不思議なものである。

4日は三鷹にある、聖公会の修道院「ナザレの家」で、黙想会に参加してきた。1泊2日、人と会話を一切交わさない沈黙の日々。私は今回、2回目の参加であるが、2年前の1回目に比べて、黙想も、聖書の読解も上手く出来たと思う。修道院ではパソコン、スマホ等の電子機器の使用は一切だめなので、私は紙とインクとペンで、手書きしながら思索した。このプリミティブな方法が奏功したようである。最初は駄目な落第生でも、諦めずにまた参加してみるものである。

5日は聖餐式をもって、三鷹の修道院を後にすると、小岩の自宅に帰って、スーツに着替えた。Bar Jamの手伝いに行くためだ。マスターの一人、長谷川さんが急遽、休まざるを得なくなったので、スポット要員として働いてほしい、と予め打診されていたのだ。

午後9時にJamに行くと、カウンターは満席で、マスターの大津さんが忙しく働いていた。急いでカウンターの内側に立ったが、初めての現場で要領がよく分からない。1ヶ月ぶりの飲食の仕事なので、最初はアタフタしながら働いた。

と、ゴールデン・ウィークの中日は一見のお客さんも多くて、バタバタだったけど、日付が変わる頃には、常連のお客さんで固まって、だいぶ落ち着いてきた。お客さんからホープの紙巻を貰ったので吸ったが、カウンターの内側で吸う煙草は美味いな、と思った。動きもだんだんこなれてきて、ウイスキーのストレート、常連さんのためのハイボールならば、自分で作らせて貰えるようになった。

午前5時に閉店クローズした後、大津さんに連れられて、小岩の飲み仲間たちとともに、場末の酒場でイッパイやった。結局、帰宅したのは午前8時。Bar Jamでは本当によく飲み、よく働いた。帰り際、「またよろしくね」と大津さんに言われたので、今後、周年、誕生日に出動の機会があるのかもしれない。その時は予備役のバーテンダーとして再び働きたい。

修道院で祈り、酒場で働く。この一連の行為は、私の人生の軌跡を象徴的に暗示しているのかもしれない。

働くに時あり

新しい会社、職場で働き始めて、1ヶ月が過ぎた。あっという間に過ぎた気もするし、かえって時間がゆっくり流れたような気もする。上司・同僚がすべて女性という環境の中で、ストレスもあったし、孤立する時もあったけど(入社後の歓送迎会で洗礼を受けたようだ)、徐々に仕事と規範を覚えて、今ようやく馴染んできたような気がする。

入社当初は3年ぐらい居ればいいかな、と思っていたけど、1ヶ月働いてみて、少しずつ仕事を覚えていくと、5年くらい居てもいいかな、と思えるようになった。ストレスの少ない仕事で、それなりの収入を得られるのは有り難いことだし、何よりも挨拶が行き交う職場なので、風通しが良く、仕事もしやすいと感じている。

とにかくストレスが少ないのが決め手である。給料は二の次でいい。そうすれば体と心に変なストレスが掛かることなく、暴飲暴食に走らずに済む。無駄な消費が抑えられるので、自然に貯蓄ができる。健康と経済の好循環が生まれるのである。

1年、2年経った頃には、大学の通信課程を受講して、精神保健福祉士の資格を取りたい。この頃はキリスト教に熱心だが、私にはまだ世俗で働くべき仕事があるのである。あめが下のよろづの事には期あり。萬の事務わざには時あり1。——。


  1. 『傅道之書』3章1節。

紙上の教会よ永遠に

著者の岡本亮輔氏は宗教学の一研究者とうそぶいているが、実際は無教会派のクリスチャンに近いと思う。洗礼は受けていないので、常識的な水準から見て、クリスチャンと名乗れないが、やはり、信仰を持っているのではないか。彼の内村鑑三に対する理解と共感は並々ならぬものがある。

本書は「キリスト教入門の系譜」と銘打っているが、単に紹介に終わらずに、その内容に踏み込み、読者の心を揺さぶる。新書を読んで感動したのは久しぶりである。また、キリスト教書籍を通覧するためにも有効である。

私は本書を読んで、再びことばに対する信頼を新たにした。福音派的な信仰を強められたと思う。今後、私がどのような道程を歩むか分からないが、本書を再読することを通じて、折に触れて、信仰の先達が遺した仕事を省みたい。

日記を付ける

4月1日に新しい会社、職場で働き始めたが、ブログをほとんど更新できずにいる。書いては世間的ないし社会的に差し障りがある、つまり、筆禍を恐れて、WEBに書くことができないのだ。

ただし、その代わり、日記をたくさん書いている。『Return 0』というタイトルを付けているのだが、それは人目に触れないので、思いの丈をぶちまけている、という感じだ。障害者就労移行支援という新しい仕事を、それも女性だけの職場で始めているので、そりゃあ、思うコトがあるはずだ。その気持をいちいちブログに書いていては、キリがないので、プライベートな日記に留めておくということだ。

しかし、日記を書いていて思ったのは、今の会社に勤めている間、精神保健福祉士の資格を取ろう、ということだ。この資格を持っておけば、障害者支援だけでなく、将来、業界が違ってもいろいろな場面で役に立つかもしれない。老人ホームで介護をしていた時から欲しかった資格なのだから、たぶん、私の本質に適っているのだろう。

もちろん、資格の勉強をしている間も、文学/神学/哲学の勉強は継続していく。会社で働いている時間以外はだいたい勉強しているので、おのずと禁欲的な生活になるだろう。そういう習慣ハビトゥスを身に付けることが大事だ。

言葉に仕える

洗礼と堅信。教会で執り行われた一連の秘蹟は、私が自由を獲得する過程そのものでした。

「今年のクリスマスは教会に行きたい」2020年の日記を紐解くと、こんな一文が書かれていました。拙い言葉ですが、当時の私の紛れもない信仰を表しています。その年、私は立教学院諸聖徒礼拝堂のクリスマス・イブ礼拝に参列しました。チャペルに行くと、司祭の先生方が私を祝福してくれました。「主イエス・キリストの恵みがあなたに在りますように」

それは嬉しく、喜びに満ちた経験でした。当時、私は老人ホームで介護職として働いていましたが、福祉の美名のもとに課せられる過酷な労働に疲れ、病み、傷ついていました。教会に来て、罪を悔い改め、祈り、恵みを享けることは、エゴイズムに満ちた市民社会で負った傷を癒し、奪われた尊厳を回復する作業に他ならなかったのです。

最後に『ガラテヤ人への書』(5:1)を記して、筆を擱きます。

キリストは自由を得させん爲に我らを釋き放ちたまへり。されば堅く立ちて再び奴隷の軛に繋がるな。

インシュリン・スパイク

平日、昼間の仕事が終わると、夕食は基本的に家で食べる。少し前は最寄りのお惣菜屋から焼き鳥などを買って、イッパイやっていたが、夕食は食事に集中したいので、それも止めてしまった(金曜日などは気分転換に良いかもしれないが)。

食べたら寝る。約3年前くらいからそういう生活スタイルを送っている。昼食を食べたら確実に寝る。この頃は夕食を食べても、すぐに布団に横になることが多くなった。意識して、無理してやっているのではない。食べると本当に眠くなるのだ。

たぶん、血糖値の問題なのだろう。食事(特に炭水化物中心)を摂ると、血糖値が急激に上昇して、インシュリンが多量に出る。結果的に血糖値が乱高下して、意識が朦朧となる。いわゆるインシュリン・スパイクという現象だ。

おそらく、アルコール摂取の習慣とも関わっているのだろう。アルコールを摂ると、分解のために糖分を多量に消費するので、低血糖状態に陥る。飲み会の〆にラーメンを食べたくなるのはこのためだ。私は深夜または未明に多量のアルコールを摂取するので、昼間、特に午前中は慢性的な低血糖状態なのだろう。

なんだが酷く身体に悪い生活習慣を送っているように思えてきた。この頃、酒を控えようと努めているのは、身体の負担を少しでも軽くして、仕事のパフォーマンスを上げたいからだろう。

福祉事業事始

今月から私は障害者就労移行支援事業所で、支援員として働いている。その点、企業のサラリーマンとして働いている訳だが、同時に個人事業主としての仕事も継続している。この頃は本来の文筆・編集の仕事以外に、友達の経営者が福祉事業に参入することを検討しているで、そのお手伝いをする運びとなった。

老人ホームの介護職、業界新聞の記者時代の人脈をたぐり寄せながら、見学に対応してくれる高齢・障害福祉事業所を探している。見学の所要時間は1時間くらい。謝礼はお渡しできないが、志に賛同してくれる事業所の方は声を掛けてほしい。