枕博士

学生の頃は酒を飲まなくても、いくらでも眠ることができた。当時はまだ実家暮らしで、親父は酒癖が悪く、酒乱であったので、私はむしろ酒を嫌悪していたのだ。私はいつも珈琲を飲んでいた。私は珈琲を飲みながら、読書し、議論した。友達と酒を飲んだ後も、〆で珈琲を飲んだ。それでもぐっすり眠れるのだから、やはり、健康だったのだ。それにバレーボール部に所属し、週5で練習していたことも大きい。私は知力よりも体力を、精神よりも肉体を駆使していたのだ。——神経衰弱とは無縁だった。

混乱した、錯乱した生活に歯止めをかけたくて、学生の頃の生活習慣を再開しようとした。布団を敷き(ベッドは朽ちたので、数年前、引っ越しのついでに破棄した)、読書灯を点ける。仕事とは直接関係ない気楽な本を読む。——眠りに落ちる。このパターンを繰り返そうと試みたけど、それでも、なかなか寝付けない夜がある。しかし、もしかすると、寝室の枕頭の読書は、書斎の机上の読書よりも、遠い所に私を運んでくれるのではないかという予感がある。小説、伝記に加えて、今後、論文、随筆、技術書、さらには辞書など、いろいろな分野の本をウトウトしながら読みたい。博覧強記になれるのではないか。枕博士。

「俺はどうしてこんなに酒飲みになってしまったんだ1」寝酒の習慣を改めたいと思ったけれども、どうしても、ウイスキーに手を伸ばしてしまう。酒を飲みながら音楽を聴くことが、私のリラックス・タイムであることは否定できない事実なのだ。私は学生の頃の習慣を再開した。私は学生の頃に戻りたいと思った。しかし、現在の私と過去の私の間には距離がある。継続と断絶がある。私は変わらない、と言える。しかし、私は変わった、とも言える。いずれにせよ、私たちは過去に戻れない。


  1. アーネスト・ヘミングウェイ『海流の中の島々』