BOOKMAN

TAKASHI KANEKO

人生ゲームに於けるナッシュ均衡

昔、大手出版社で派遣社員をしていた頃、同じ部署で同じく派遣社員として働いていた女の子に「あんた、年収400万円以下でしょ」と馬鹿にされたことがある。今、勤めている会社ではそのような粗野な言葉は聞かれない。なぜなら、ほとんどの同僚は年収400万円以下なのだから。みんな貧しい。でも、社食と住宅補助があるので、なんとか糊口と雨露をしのぐことはできる。こうして社会主義は実現され、人々の境遇は平等になり、互いに気遣い、労わることで、道徳は柔和に洗練され、社会の存在論的、認識論的断絶は解消されたのであった。

自分の給料の低さに思い悩んでいる。今年35歳、手取り21万円。東京 築地の出版社で派遣社員をしていた頃の方が年収が多いではないか。しかも、あの頃は本好き、仕事好きで、刺激的な同僚が社内、社外にごろごろいた。私と同じ流れ者でありながら、彼/彼女たちは自分の関心と社会(会社)の関心を巧みに組み合わせながら、他人に余計な干渉をすることなく、自分の仕事を精力的にこなしていた。——回顧はここまでにしておこう。愚痴っぽくなってきた。

未来の話をしたい。私には次の選択肢がある。

  • 今の会社に勤める。1年後、介護福祉士の資格を取得する。
  • 転職する。障害者の就労支援に携わる。
  • 転職する。ただし、介護福祉士の資格を取得するまで待つ。
  • 転職する。ただし、社会福祉士の資格を取得するまで待つ。
  • 収入と名声ほしさに文筆に手を染める。副業として、本業の勤め先の確定申告に記載する。
  • 収入と名声ほしさに文筆に手を染める。個人事業主として開業する。
  • 株に手を出す。

ナッシュ均衡、あるいはパレート最適を探りたいところだが、ゲーム理論に対する理解が未熟なので、もう少し素朴に考えたい。

資格を取得する点で言えば、給料は低くても、今の会社に勤め続けるアドバンテージはある。介護福祉士ケア・ワーカーの資格を取得するためには、専門学校以外のルートだと現場で最低3年働く必要がある。この資格を取得しても、現場の介護職に対して大して利益はないけれど(雇用主にサービス提供責任者として重宝される。あと、資格手当が付く程度か)、私の場合、将来、フリーランスになった時に食いっぱぐれないという目算がある。生活破綻者にならないで済む。親も息子が介護のプロなので安心するだろう。そして何よりも、3年間、堪えがたきを堪え、忍びがたきを忍び獲得した資格なので自信になる。我慢と根性で獲得した資格である。

仕事の内容を老人介護以外にも拡げたいので、社会福祉士ソーシャル・ワーカーの資格を取得したいと思っている。これは大学、専門学校等で単位を取得する必要があるので、実質上、金で買う資格である。業務独占ではない(行政書士司法書士、弁護士でも成年後見人を立てることができる)、一種の名称独占の資格であるが、私はこの資格を持つことによって、大学や専門学校で教えたり、スラムに潜入してルポルタージュを書くのに役立つのではないかと思案している。そのためには本業の文士ライター稼業に精を出さなければいけないけれども。

政府と日銀のゼロ金利政策のおかげで、貯蓄をしても、ほとんど利子がつかない。積極的に資産を構築するためには株を購入する必要がある。私の場合、転売して利ザヤで稼ぐよりも、好きな会社、応援したい会社に投資して、僅かな配当金を貰う方が性に合っているのかもしれない。ただ稼ぐために株を購入するのではなく、その会社を深く知りたいから株を購入するのだ。近日、みずほ銀行みずほ証券に口座を開設するつもりだ。

私の人生のナッシュ均衡はいかに——。