フォースターの場合

賃労働アルバイトの賃金が10円上がった。経営側の意向が反映されたらしいが、正直、この程度では何も変わらない。私の時給は13∗∗円のまま据え置きである。副収入を含めると月収手取り20万を越えるが、三十代男性の収入としては悲惨である。事業ビジネスと清貧は相容れない。後者は年金生活者の理想である。たぶん修道士も否定するだろう。学究生活には金がかかるのだ。冗談はさておき、年相応の思わぬ出費が嵩むのである。

イギリスの小説家 E・M・フォースターは晩年、自身の作家生活を回顧して語った。「私は金のために小説を書いた」文学は金になるか、ならないか。小説は金のために書くべきか、書かざるべきか。このいやらしくシンプルな論争は文学史の通奏低音として鳴り響いているが、作家の作品を書く動機は問わない、という結論で一致している。それは究めがたく、道徳的判断は相応しくないのかもしれない。

私にとって、少なくとも原稿料、すなわち金を稼げるようになることは、ライターとして一人前になったことの証である。今年、山谷の修道院の取材を終えたら、来年の新しい企画プロジェクトに向けて動き始める。金を稼ぐのはその主たる動機である。

反省と経験

昨夜、酒を飲むこと、煙草を吸うことについて、バーテンダーにつべこべ言われたが、一夜明けた今になってみれば、どうでもいいことのように思える。他人にどうこう断裁されたくなければ、家でやればいい、ただそれだけのこと。これだから外は疲れる。こんな経験を積んでいると、もう酒場バーに行きたくないということになってしまうが、客と店主が互いに気心の知れた店があればそれでいいので、梯子酒バーホッパーする必要はどこにもない。むしろ、コロナ禍に限らず、近頃の私は心理的にそこから遠のいているので、わざわざ高い金を払って外で飲む理由は失われ始めている。結局、家の書斎で飲む酒がいちばん美味い。

酒場の説教に、私が自省しない、反省しない、サイコパスな人間のように言われたが、それは正しいと言えるし、正しくないとも言える。確かに私は他人から言われ、強いて我が身を省みたことはほとんどない。自身に対する他人の影響力が極端に薄い人間なのだ。けれども、まったく反省しないかと言えば、それも正しくない。自分の中で、言葉にならない、モヤモヤした気持を抱え続けたまま、ある日突然、悟ることがある。あれは/これは悪だったんだ、反省しなければならない、と思う瞬間がある。結局、反省という極度に内面的な行為は、他人に強いられてできる事ではないのだ。経験という痛みを伴う過程が絶対に不可欠である。

文士と介護福祉士

友達の結婚式のスピーチを担当したら、望外の原稿料を貰った。友達、それも慶事にことづけて仕事を貰うなんて卑怯じゃないかと思われるかもしれないが、駆け出しの頃に友達から仕事を貰うのはむしろ光栄なことなので、有難く事業所得として計上した。世の中、どんなにインターネットが発達しても、最初に事を始めるのは、常日ごろ自然に顔を突き合わせる友人、知人なので、私はこれからも偶然/必然の直接の出会いを大事にしたい。私にとって社会的距離ソーシャルディスタンスは意味をなさない。人々は社会あつまりを必要としているのだ。

来年、精神保健福祉士の課程を受講することを検討していたが、これは撤回することに決めた。東京に居るうちは文士ライターとして頑張りたい。首都の地の利を生かさない手はないのだ。

夜勤をしない/できなくなった時点で、私は特別養護老人ホームの職員としては2級の戦力に過ぎない。少ない給料、少ないボーナスに甘んじるのは仕方ない。10月から週5日で働くことが決まったとはいえ、早急に対策を講じなければならない。私は出版業界への出戻りを狙っていると同時に、介護・福祉業界のキャリアも育てたいと思っている。二兎追う者は一兎を得ず、二足の草鞋は止めなさい、と言われそうだが、本人がそれで矜持プライドを持って働きたいと思っているから仕方ない。介護福祉士の資格を生かして、介護ライターとして転職したい。あるいは個人事業主としてすでにライターなのだから、企業に就職する際は編集者、宣伝/広報担当者でもまったく構わない1。ライターと介護福祉士のキャリアを両方伸ばすには、これが最適解ではないだろうか。現場に身を置くだけが仕事のすべてではないのだ。精神保健福祉士の資格は東京を離れてからで構わない。今は東京の巷間を駆け抜けたい。


  1. ちなみに私には書籍編集者としての資質、才能はまったくない。しかし、WEB編集者は未踏の領域なので、腕試しをしたい。私はコードが書ける。

モノクロの夢

経済的な理由から、今の職場で週5日で働くのは私の希望だが、先方(会社)の方は常勤(総合職)を提示してきている。有難い話だが、さすがにそれは後退というべきだろう。常勤になれば住宅手当もボーナスも貰えるが、読んで字のごとく、すべての時間帯で働く、要するに夜勤をしなければならない。夜勤をすると、私の場合、持病の躁鬱病が昂じて不眠が悪化するし、夜勤明けは休みとはいえ、休日が丸一日つぶれてしまう。否応なしに生活が会社一辺倒になるのは目に見えている。経済かねと引き換えに、わざわざ不幸ふしあわせになるようなものだが、それは私らしいやり方だろうか? 明らかに後退というべきである。幸福しあわせを分かっているのに、わざわざそれを手放すのは愚かなことだ。

経済的に足りない部分は週1日の訪問介護で補填すればいいし、なにより大事なことは、働く時は働く、学ぶ時は学ぶ、遊ぶ時は遊ぶ、と生活にメリハリをつけることである。夜勤を除く週5日の勤務はそれに適っていると思われる。本業と副業がアベコベになっていると言わざるをえないが、私はライターとして地道に読み書きすればいい。臆せずに言えば、私は現場のケアワーカーとしては結構有能で、需要がある限り、そこで働くのも悪くはない。ただし、今の仕事に不満を抱いているからには、ステップアップするための策は必ず打つこと。来年、ソーシャルワーカーの資格を取得するために通信制の大学/専門学校に通うが、これは侮らない方がいい。その間の学費と生活費を確保することはもちろん、相当、時間と労力を費やすだろう。

Reconguista in K

1年と半年前、私が職場を異動する時、同僚の還暦過ぎのおじいちゃんが言った。

「伊興1から文化人がいなくなる!」

文化人……今日では杳として聞かれなくなった言葉だ。戦後、市民的/民主的知識人を「進歩的文化人」と称したが、私がそのカテゴリーに該当するかは分からない。否、むしろ、客観的、主観的にも拒否するだろう。私の読書の傾向として「新もの食いはしない」ことが挙げられるし、そのために私は古典ばかり読んでいる。単純に不勉強なのかもしれないが、三十路も半ばを過ぎると、新しい物を追うことに疲れた。嵐山光三郎に倣って「退歩的文化人」と言いたいくらいだ。でも、内心では、南原繁、矢内原忠雄のように「キリスト教文化人」と呼ばれると嬉しい。

それはともかく、私が介護をしてよかったことは、資格を得て、肉体的、精神的に逞しくなったことが挙げられるが、実はこの間、生活は崩壊している。アルコールを飲む量は出版社の頃とは比べものにならないし、それ以上に家の中が一気に汚くなったことだ。「この部屋を見ると、やっぱり、鬱とか精神的な闇を抱えてそうだよ」と、ある友人が言ったが、それは正鵠を得ていて、介護に従事していた3年間は躁鬱病が寛解すると同時に、その実在がますます明らかになった期間だった。生活が、性格が、薬によって左右された日々と言い換えることができるかもしれない。

——と、これまで思い出を連綿と書き綴ってきたが、単刀直入に言うと、部屋が一気に綺麗になった。これに至るまで私個人の力では到底及ばない、この頃仲良くなった或る人のおかげだが、その仕事ぶりは私の旧来の個人主義的人生観を揚棄させるのに十分だった。日本国憲法第25条は次のように定めている。

すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。

出版であれ、介護であれ、私が職業生活を通じて経験したことは、仕事に一所懸命になり過ぎると、生活は崩壊するということである。生活を犠牲にして仕事に邁進した私は、健康も文化も奪われた。今後の私の人生は失われた両者を回復することに賭けられている。

——全人的復権リハビリテーション領土復権レコンギスタ


  1. 私の勤務する特別養護老人ホームの所在地。足立区伊興のこと。

現場要請

昨日、訪問介護を一件終えたあと、携帯電話を見ると、兼務先の老人ホームから着信があった。折り返し掛け直すと、総務部の方が出て、現場の介護部の上司に繋いでくれた。

「休日なのに折り返し電話をくれてありがとう。シフトで相談したいことがあるんだ。兼子さんは今月はすべて日勤(9時~18時)だけど、20日以降、早番(7時~16時)と遅番(13時~22時)に対応してくれるかな? 異動したばかりだけど、もうぜんぜん動けるからさ。そうしてもらえると、ホント助かる」

私は二つ返事で快諾した。早番勤務と遅番勤務にはそれぞれ500円と1000円の手当が付くが、そんなのは実際どうでもよくて、新しい職場の上司に頼りにされているのが、私は素直に嬉しかった。人間の動機を金銭ないし利益に還元する行動科学は完全に間違っていると分かった瞬間だった。近世においては、主体的に動く、積極的に動くことが兎角善しとされているが、それだけで世間は通用しない。受け身になった時、受動的になった時、どう動くか、どのように呼応するかが、人間としての力量が試されているのではないか。ギリシア語の情熱パトスの語源は受苦だと聞いたことがある。苦しみを受け入れること。情熱が始まるのはそれからだ。

ショートスリーパー

最近は日付が変わる頃に寝て、3時か4時くらいに起きている。ショートスリーパーを気取っている訳ではない。原因は分かっている。抗精神病薬のアリピプラゾール(エビリファイ)の抗鬱作用が引き金になって、早朝覚醒を促しているのだ。例えば同じ抗精神病薬でも、以前処方されていたオランザピン(ジプレキサ)は鎮静作用、抗躁作用が強く、就寝前に飲むと、正午過ぎまで昏々と眠り続けることができる。精神疾患の治療において採るべきアプローチは大きく二つに分かれると思う。精神病理学と精神薬理学である。前者は患者の病気に対する向き合い方、生き方の問題を看るのに対し、後者は患者の薬物に対する反応を看る。精神病理学はカール・ヤスパースを祖とするので、現象学的アプローチと呼ばれ、実存哲学をかじったことのある私は、そちらに対して共感シンパシーを感じるのだが、現実の治療過程においては薬理学に負う所があまりにも大きい。さすがに私は薬学には不案内なのだが(その点、薬剤師の私の妹に及ばない)、薬、特に新薬が患者の人生を劇的に変えることは往々にして見られることだと思っている。アリピプラゾールを飲むことで、私の人生は変わった。オランザピンを飲んでいた頃の私は休眠モードに入っていたが、新薬のアリピプラゾールを飲み始めると、私の人生は急激に戦闘モードに移行した。この薬がなければ、老人ホームの常勤職を投げうち、個人事業主フリーランスのライターになることはなかっただろう。富野由悠季によると、かの手塚治虫は5時間にして寝過ぎの体になったらしいが、創作面はともかく、睡眠相に関して言えば、私も手塚先生とタイマンを張れるようになった訳だ。

サミュエル・ベケットの『モロイ』の一節を思い出す。「今は安らかに眠っているが、君にもやがて眠れない夜が来るだろう」