市場と僧院

今から9年前、私がまだ大学院生の時のことである。

修士論文を書き終え、卒業を控えている私に、先輩がはなむけの言葉をくれた。

「僕は僧院にしか生きられない人間だけど、兼子くんは賑やかな市場バザールで生きる人間なんじゃないかな」

彼は今では大学の准教授にして博士ドクター。私は老人ホームの介護士ケアワーカー。隔世の感はあるが、私はやはり、大学に残ることはできなかった。才能も努力も資金も足りなかったのだが、一ヶ所に長く逗留することができない、私の倦怠、幻滅しやすい性質が、職場から職場へ転々とさせる原因になったのかもしれない。それとも単に仕事を通じて、色々な人間を見たかったのかもしれない。

とはいえ、僧院を追放されたけれども、私も僧侶である。真理の探求に人生を捧げている。先日、会社の廊下で人を待っている間、本を読んでいると、ある人から、

「オ、学生」

と言われ、その後通った別の人から、

「ずいぶん優雅な生活をしていますね」

と言われた。