BOOKMAN

TAKASHI KANEKO

得意と苦手

「兼子くん、苦手なことは無理してやらなくてもいいのよ」

介護付き有料老人ホームの看護師が、介護業務に四苦八苦する私を見かねて、休憩時間に掛けてくれた言葉だ。

それから、約1年後、訪問介護の利用者宅の床の一角を拭き忘れた廉で、電話で問い糺されている私を見かねて、(今では訣別してしまったが)ヴァイオリニストの友達が言った。

「カネゴン、苦手なことはやらなくてもいいんだよ」

苦手なこと、難しいことは、敢えてやらない。この姿勢は人生を確実に狭く、困難にするが、結局、今の私は介護から足を洗って、ジャーナリズムに身を投じてしまった。思えば、高校生の頃に「文系」「理系」と選択すること、大学、大学院で自身の専攻を決めることも、一見、積極的に見えるが、よくよく考えると、この「苦手なことはあえてやらない」という消極的姿勢の裏返しのように思える。

それはともかく、仕事の壁、人生の壁にぶつかった時に思い出すのが、彼/彼女の呉れた経験に裏打ちされた言葉なのである。