夜勤明け、無性に酒が飲みたくなる。
単純に喉が渇いているのかもしれない。しかし、もっと深い所では、過酷な労働で蓄積された澱のようなもの——肉体的には乳酸であり、精神的には罪の意識——を酒で洗い流したいのかもしれない。やはり、酒には浄化作用が、汚れた
16時に私は目を覚ますと、シャワーを浴びて、簡単に髭を剃り、髪を梳かした。服装はTシャツにジーンズ。3時間くらいしか寝ていないけれど、それよりも深く、長く眠ったような気がする。革靴を履き、京成小岩駅に向かう。上野行きの電車に乗る。
隣の京成高砂駅で降りる。喫茶 白十字でブレンドコーヒーとレア・チーズケーキを頼む。「読売新聞」「日本経済新聞」など、各種新聞雑誌を取り揃えているので、情報収集をする。私より後に入ってきた50がらみの男性が煙草に火をつけたら、マスターにとがめられていた。2020年4月1日以後、健康増進法の改正により、飲食店では原則禁煙になってしまったのだ。その男はナポリタンを食うと、金を払い、憤然として出ていった。
私も勘定を済ませて外に出ると、小雨が降っていた。もともと多少の雨を気にしない、傘を差すのが億劫な
カウンター席に着く。
一合飲み終わる頃に、一人の女性が高砂屋の
彼女はハイボールと何かつまみを注文すると、私の左に座った。なんとなく気まずい感じで飲んでいると、彼女の方から声をかけた。
「私、前からこの店が気になっていたんです。今日、勇気を出して、えいって入ってみて。いつも日本酒を飲まれるんですか」
「いや、普段はもっぱら洋酒です。ウイスキーを飲むことが多いですね。日本酒、あるいは焼酎を飲むのは、こうして外で飲む時だけです。飲むのがお好きなんですか」
「ええ、家では日本酒をソーダで割って、レモンを搾って飲んでいるんです。邪道かもしれないけど、おいしいですよ」
「ご出身はどこです?」
「新潟県の長岡です」
「道理で酒が強い訳だ。新潟の人は酒好きが多いからね。私、新潟の友達が多いんです。村上、直江津、柏崎にそれぞれ一人ずつ」私は半分本当、半分嘘をついた。「新潟市は港町で世界に開かれています。開放的です。ここ(葛飾区)よりもはるかに都会で、垢ぬけていますよ。歩いていて楽しかった」
「あなたのご出身はどこ?」
「埼玉県の鴻巣という所です。田舎です。でも、父が会津、母が福島出身だから、心は関東よりも東北にあるんです」
「私、福島の人とお酒を飲んで、勝ったことがないわ。福島の人って、馬刺しを食べながら、ひたすら日本酒を飲んでいる印象がある」
「山間部は食材に乏しいですからね。どうしても、乾物や、塩辛い料理が多くなる。話は飛びますが、私は5年前に一人暮らしをしていた所沢から小岩に来ました。所沢は中産階級のベッドタウンのような、清潔で上品だけど、勇気が足りない街でした。小岩に来たら、当初の目的は達成されたような気がします。猥雑ですが、たくましい。私は根は田舎者ですが、努力して都会人になりました。酒の飲み方もその過程で覚えました」
「私もそうよ。でも、東京にも馴染みきれなくてね。今回の新型コロナの騒動があった時、内心、ざまあみろって思った。私は東京を愛していると同時に憎んでいるのよ」
「私もです。さ、次は何を飲みましょうか?」
「芋焼酎をソーダ割にして、レモンを搾るとおいしいのよ。芋の臭みが緩和されて、爽やかな風味になるの。そう、搾ったレモンはそのままグラスの中に沈めるの。あなたのすいとん、私にも分けてくださらない?」