対岸の灯

昨日は小雨が降っていたが、このまま家に居るのは嫌だったので、日没後、小岩駅に向かい、葛西臨海公園行きのバスに飛び乗った。

コロナ禍以後、バスに乗るのは初めてだが、当然、すべての乗客にマスクの着用を義務づけていた。マスクを付けていない人には運転手が注意する。普段、電車通勤をしている者にとっては、この対応は厳しく、あるいは厄介に感じた。普通電車には車掌が居ないし、マスクを付けるように声を掛けられることもないからだ。バスではマスクの持ち合わせがないのか、単に息苦しいのか、運転手の制止を無視して、憮然とした口元を露わにして乗り込む男性の乗客がいた。こんな不協和が最悪の場合、殺人事件に発展するのではないか、とふと思った。

葛西臨海公園に着くと、駅前のNewDaysで缶ビール500mlを2本買う。店員さんが小銭を手渡ししてくれたのが嬉しかった。

小雨は降り続く。公園入口の噴水近くには、酒に酔った男女が地べたに坐り、駄弁っている。公園のシンボルである大観覧車はすでに操業を停止し、照明を残して、回転を止めていた。公園の中では私以外、誰も歩いている人はいなかった。入江に着いて、海を眺めながらビールを飲んでいると、左手の海岸が煌々と光っているのに気づいた。東京ディズニーランドだ。橙の光が漆黒の海を照らし、輝き、たゆたっている。私は煙草を取り出し、火をつけた。

空缶を捨てるために船着場に寄ると、雨の中、男女が接吻していた。私は慌てて空缶をごみ箱に捨てると、その場をあとにした。

入江の右手の海岸には東京の街並が見える。赤、黄、青、橙など、煌々と輝くビルの照明は、この街の存在証明のようである。コロナ禍を境に、その灯は少々弱々しくなったように思える。ここから一望できるのは、江東区、港区、大田区だろうか。東京タワーらしき赤い建物が見える。普段は羽田空港を発着する飛行機が見えるのだが、今夜は認めることができなかった。入江では懐中電灯を携えて夜釣りを楽しむ人がいる。シュッ、とルアーを投擲する音が聞こえた。私はベンチに腰を降ろすと、二本目の缶ビールを空けた。二口、三口飲んだところで、煙草に火をつけた。「傷痕の街」という言葉がふいに浮んできた。

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