BOOKMAN

TAKASHI KANEKO

隅田川右岸

グラスに大ぶりに盛られたイチゴ・パフェを、三好くんは携帯電話で撮影した。

食事のために給された料理を撮影するなど、はしたない行為だと思っている私は、彼の行為を訝しみつつ眺めた。食事の前に手を合わせることぐらいできないのだろうか。フランスに留学した時、現地のイスラム教徒から何を学んだのだろう、と私はバナナ・パフェを口に運びながら考えていた。

上野から浅草に向かって歩いてきた私達は、東本願寺の近くのフルーツ・パーラーで休憩していた。三月のまだ肌寒い頃であるが、春の陽光に照らされた私達はとにかく喉が乾いていたので、冷たいものを所望していた。ちょうどおやつの時間だったので、今、私達はパフェを食べている。

店舗の内装は飲食店とは思えないほど綺麗で、店主と従業員がDIYで作ったように見受けられた。カウンター席には、この店の備品と見られるパソコンが置かれていた。開業して三ヶ月も経っていないようだ。店内禁煙にもかかわらず、カウンター横のコンセントにIQOSが充電されているのはご愛敬だ。

パフェを食べ終えると、私達は浅草寺を過ぎて、隅田川の河岸に向かった。私が「川の流れに沿って歩きたい」と言ったからだ。隅田川の空は曇っていたが、黄昏時の物憂い、気だるい雰囲気と合致していた。フランスに留学してきた三好くんは勉強に疲れると、しばしばセーヌ川の河岸を歩いたと語った。向こうは左岸の方が、学生が多く、知的で、活気があるが、当方の隅田川は右岸の方が、猥雑かつ多国籍で、繁盛している。

二人並んで河岸を歩いていると、ランニングをしている人達が走り去って行く。孤独に息を弾ませながら走るシリアスランナーから、友達とおしゃべりしながら走るファンランナーまでさまざまだ。隅田川は今や、ランニングの一大聖地なのだ。

歩き続けていると、また喉が乾いたので、私達は蔵前交差点近くのコンビニでビールを買い求めた。私は飲む時にオツマミは不要だが、三好くんはカキアゲを購入した。

河岸のベンチに腰を降ろすと、私達は缶ビールを開封した。二人で軽く缶を小突き合わせて乾杯すると、ビールを飲みながら川面を眺めた。

「三好くんは大学に戻らないの?」

「仮に大学に戻ったとしても、何を研究すればいいか、まるで見当がつかないんだ。自分が何をしたいのか、僕には分からないんだ」

「それはありふれているけれど、深刻な悩みだな」

「大学に戻りたくないけれど、先生には会いたいな」

「でも、そのためには、君は論文を書かなければいけないぜ」

「卒業後に課せられた宿題だったね」

「私も出版社の編集者達に会いたい。でも、そのためには、私は小説を書かなければならない。君が先生に会うために論文を書くようにね」