135ml

「眠れないんですよ」

睡眠薬が効かなくて気落ちしている私に、先生は次のように言った。

「これぐらい小さな缶ビールがあるでしょう。あれを1本飲むといいんです。薬が程よくまわってきますから」

内科の先生だった。私に初めて睡眠薬を処方してくれた先生で、シャキシャキと患者をさばくようなタイプの人だった。有能な医者だったと思う。ふつう、酒と睡眠薬は禁忌、少なくとも飲み合わせに気をつけるべきものだが、彼等は治療の為ならば手段を選ばない。効果的に薬を効かせる為に最善のことをする。理論セオリーで割り切ることができない、独特の養生法があることを知った。いま省みれば、ロヒプノールが効かない患者の不眠症は何か別の病気を疑ってみるべきだが、内科医の先生にそれを求めるのは、どだい無理な話である。先生はたぶん鬱というものを知らなかったのだろう。もちろん、知識としては知っているが、おそらく体験したことがないのではないか。この世にそんな人いるのかと思われるかもしれないが、確かに一定数いるのである。——すべては体質の問題。そして、餅は餅屋、桶は桶屋に相談すべきことは、医学に限らない普遍的な事実である。

眼球の奥が痛い。もう少し眠れば治るのかもしれない、手元にデエビゴという睡眠薬があるが、あまり飲みたくない。寝すぎるのである。しかも効果が持続して湯船に浸かったような、ダウナーな気分になるから、昔とちがい、今の私はこの手の薬を退けている。以前、友人に元Being所属の音楽プロデューサーの存在を教えられたが、その人も「僕はあまり眠らなくていいんですよ」と話していた。私は彼ほどの才能があるのかは知らないが、どこか似ていると思った。アスペルガー気味だ、とも話していた。先日、ハローワークを訪れた際に、キャリアアドバイザーに「あなた、このままだと過労になりますよ」と言われた。私も少しその気になって、昨日の仕事上がりに、石黒さんと酒を飲みながらこの件について話してみたのだが、「まあ、そういう時期もありますよ」とにべもなく返された。人生の先輩が言うのだから、まあ、その通りなのだろう。