東欧巡礼

中村真一郎は大学でフランス文学を講じていたにも関わらず、外国に行くのが遅かった。彼が初めて外国を、憧れのヨーロッパの地を踏んだのは50を過ぎていたと思う。その原因は青春期は日本が軍国主義と戦争で、出征する以外に海外に行くことができなかったし、青年期は敗戦と戦後の混乱で、GHQに許された一握りの留学生以外、日本を出ることができなかった。壮年期は妻の自殺とノイローゼで旅行どころではなかった。戦前、戦中、戦後。徹底的に政治に翻弄された人だったが、同時に彼は書斎に引き籠り、本を読み、書くことで、その影響を最小限に食い止めようとしたのではなかったか。政治が自分の人生に土足で踏み込むのを阻止したのではなかったか。〈政治恐怖症〉と自嘲する彼の知恵がそこにはあった。

先日、同僚と話していると、

「君にはヨーロッパがふさわしい。特に東ヨーロッパ。小岩の酒場で飲んだくれていないで、早くパスポートを取って行っちまえ」

と言われた。

学生時代、私に政治学を教えてくれた先生は『東中欧民主化の構造』という本を書いていた。人間の生き様、その勇気、忍耐、知恵、哄笑は、経済的に繁栄を謳歌している国よりも、政治的に抑圧され、貧困に苦しむ国の方が多く見ることができるのではないか。

ドイツ、ポーランドハンガリーが私の旅程に浮かび上がってきた。