私が前の職場から今の職場に、すなわち、特別養護老人ホームから有料老人ホームへの異動が決まった際、同僚の石黒さんは社員食堂で白米を頬張りつつ言った。「もう(介護は)、兼子さんのキャリアになっているじゃないですか」
「キャリア」この言葉が他人から私に投げかけられたのは意外だった。母校の大学の就職課は「キャリア・センター」と呼んでいたが、その名称に対して、学生時代の私は違和感を覚えていた。また、その部署が後援する「キャリア意識の形成」という授業があったが、この講義も至極退屈だった。そもそも、当時の私は政治学を学んでいたにも関わらず、そして、その学問をアリストテレスが、経験の学、実践の学、と定義していたにも関わらず、私は実践知を軽んじていた。軽蔑していたと言ってもいい。私の関心は専ら理論的認識に向けられていた。その性向は今も変わらない。時折、講義に企業家、実業家、活動家、ビジネスマン……が招かれることがあるが、彼らの話は思想的に一貫性がなく、しかも、話すべき種が少ないようだった。現場の経験に密着し過ぎるとつまらない大人になる。その証左のように見えた。
脇道に逸れた。私は今、介護・福祉業界で働いているが、目先の仕事のつまらなさに絶望しないで、この