嗜好品

早番の勤務が終わると、私は休憩室にいる直属の上司Iさんに声をかけた。

「手巻煙草、試してみませんか? 見た目はぶかっこうですが、一本一本、私が手で巻いてきたんです」

「いいよ、一本ちょうだい」

私達はオフィスからベランダに出た。喫煙所になっている場所だ。私は普段ここに努めてこないようにしているが、この日は特別である。私はシガレットケースから手巻煙草を一本取り出すと、Iさんに手渡した。私も一本口に咥えた。

「あれ、マッチがない」私は然るべき所に在るはずの道具がなくて慌てた。「火を貸してくれませんか?」

Iさんは私に100円のガスライターを手渡した。「いいよ、あげる。たくさん持っているから」私はこの種の道具を使う習慣がないので、丁重に断った。

私とIさんは手巻煙草に火をつけると、一喫した。

「舌にピリッとくるね」Iさんは感想を続けた。「意外にキツイな」

「ヴァージニア葉を使っているから、Peaceに似た味がすると思いますよ。甘い香りがします」

私達は秋の曇天の下、言葉少なに煙草を吸った。「雨が降りそうだな。嫌な天気」Iさんはぽつりと言った。

「早番の前の日は飲むんですか? 私は一人、日付が変わる頃まで飲んで、翌朝4時に布団から飛び起きることを繰り返しているから、嫌になっちゃいますよ」

「前にも言ったように、私は家では飲まない。いつも外」

「(午後)10時くらいに切り上げるんですか?」

「ま、そんな感じ」

チェーンスモークの習慣があるIさんは私よりも先に携帯灰皿の中で、煙草の火を揉み消した。

「美味しかった。ごちそうさま」

手巻煙草を苦労して作ると、それが嬉しくて、友人知人にプレゼントすることになる。しかし、そのような煙草の交換を通じた交歓が、煙草の楽しみ方のひとつだと教えてくれた。嗜好は孤独の楽しみではない。人と分かち合うものである。