初めに行為ありき

「初めに行為おこないありき」と読む。ゲーテの『ファウスト』の一節だが、アナーキストの大杉栄も折に触れて言っていたような気がする。「行為おこない」と読むのは、文語訳『聖書』の慣例で、明治、大正の(耶蘇アレルギーのない)知識人は親炙していたと思われる。

近所の酒屋 大黒屋酒店がサントリー ホワイトの在庫を置いてくれるようなった。私は帰り道、折に触れて、ビールやウイスキーを買うようにしているのだけれども、こういうふうに主人が客の嗜好を汲んで、品揃えに反映してくれるのは嬉しい。現代は何でもインターネット通販で済んでしまうし、客の嗜好もアルゴリズムで解析されてしまうけれども、こうした実在リアルの店舗で、売り手と買い手の機微を、その店の主人の商魂を感じ取れるのは楽しい。現代経済学の中枢を握るゲーム理論も、こうした具体的な経験から生まれているのだろう。

訪問の仕事を終えると、変に疲れる。眠たくなる。昨日のエントリから、ツカレタ、ツカレタ、と言っているので、我ながら呆れてしまうが(職場では言わないようにしている)、最初は神経性の疲労かと思ったが、今では常連のお客さんばかりなので、そうではないことに気づく。おそらく、移動中、自転車を漕ぎながら、紫外線に曝されていることが大きいのではないだろうか。

介護は肉体労働と言われるし、実際にそうであるが、屋外の建設業などの、所謂ガテン系の仕事に比べると、児戯に等しい。3K(キケン、キツイ、キタナイ)と言われるが、現場の介護士が事故死したニュースは寡聞にして知らない。介護現場は空調が効いているし、職員は若い女の子が多いので、私のような狷介な人間は別だが、人によっては天国なのではないか。地獄と天国は表裏一体である。試しに働いてみることをお勧めする。

論文にせよ、小説にせよ、ある程度長い文章を書くには下調べが必要だが、ある程度見当がついたら、勢いにまかせて書いてしまう方がいい。一度、最後まで書き終えてしまって、その後、資料と突き合わせて、細部に手を入れればいい。原稿用紙でこれをやると大変だが、テキストエディタならばできる。まるでプログラマのごとく、デバッグをするような感覚で、コードを推敲しよう。初めに行為ありき。まずは手を動かす。すべてはここから始まる。

SUNTORY WHITE