新宿のとある業界新聞の面接のあと、私は昂った気持を鎮めるために、喫茶店に入り、hi-liteを一喫した。紫煙を燻らせながら、店内のスピーカーに耳を傾けていると、懐かしい曲が流れてきた。The Beatlesの"Hey Jude"である。その歌声を聴いた瞬間、私の疲労と悲哀に形を与えてくれるのは彼等の音楽であると理解した。叔父から貰ったThe BeatlesのCDを聴き倒す日々がしばらく続くだろう。
昨日、職場の後輩の家に集まって、ピザ&寿司パーティーを行った。介護福祉士国家試験の慰労をかこつけて、要するに男同士でワイワイやりたかったのである。コロナが明けて、こういう催しがようやく大っぴらにできるようになった。みんな、我慢していたのだ。日々の辛い労働に耐えるには、時々の楽しい出来事が必要だ。当たり前のことである。
御馳走に舌鼓を打っていると、不意に会話が煙草などの嗜好品に移った。私がパイプを弄んでいると、後輩が部屋の片隅から化粧箱を取り出して言った。「4年間おつかれさまでした。これは僕達の気持です」箱を開けると、葉巻が3本入っていた。私と同期の同僚が銀座の菊水で買ってきてくれたのだ。この頃、金に不自由していたから、このような贅沢品を手にするのは久しぶりである。
ありがとう、中川くん。君が呉れる贈物は、いつも私の趣味嗜好を考慮した、本当に嬉しい品物ばかりだ。私はいつも君のことを「自分のことしか考えていない」とたしなめているが、実際、私の方が遥かにエゴイストだ。君は仕事を通じて、愛し愛される。幸せになれる。ただ今は若いから苦労が多いだけだ。君の重荷を少しでも軽くするために、私達大人を使ってくれてもいい。そのために私達は存在するのだ。