フェミニスト

この頃、文体が崩壊しつつある。理由は何であれ、壊れれば、壊れるに任せればいいし、持ち直せればそれに越したことはない。しかし、大切なことは、まるでハミガキをするごとく毎日書き続けることである。そうすれば、自ずと、自分の才能に気づいて、案外、泰平な心持でいられるはずだ。

かなしさという言葉を知ったのは、辻邦生の作品を通じてである。愛することは哀しみを伴う。以来、それを確認する所業を今日まで続けてきた気がする。

イエスが十字架に磔にされた時、ペテロなど男性の使徒たちは皆逃げたが1、マグダラのマリアなど女性たちは最期までイエスに付き従った。カトリックのマリア崇拝はこの事実に基づいている。

女性は冷たい、打算的だ、など世間では言われるが、私は女性は本当に優しいと思う。男性は力に眼が眩み、道を踏み誤ることが多いが、女性はその危険が少ないのである。愛と平和は女性なしに実現することはできない。ゆえに私はフェミニストなのである。女性に親切にするのは私の当然の務めである。それで報われるのだから、苦労は苦労でなくなるのである。

マグダラのマリア


  1. ただしヨハネは残ったという言い伝えもある。