毎週土曜日に、立教大学のチャペルの信徒の間で、『聖書』の読書会をしているのだが、これがまことによい。
読書会といっても、もちろん、信徒のそれなので、ただの読書会ではない。大学のゼミのように批判的にテキストを検討するという訳ではない。各自の信仰に照らし合わせて、『聖書』を吟味するのである。とはいえ、大学のゼミとその後の読書会で鍛えられたディスカッションの力は健在で、近頃の私は司会を務めるようになっている。たぶん、私は昔よりも成長しているし、教会によって力を強められている。その中で、私が己の天職として自覚し始めたことがある。伝道師である。
エヴァンジェリストという言葉は最近はコンピューター言語の普及者を指すことがあるが、本来の意味はキリスト教の伝道師である。特に『福音書』を記した、使徒ヨハネ等は福音記者と呼ばれる。世界の人々に、キリストの言葉と行為を伝える役を与えられた者のことである。
私は今、記者をしているが、然るべき時が来れば、福音記者に変貌するのではないかと思っている。否、もうなっている。
言葉に仕える、記者/福音記者が私の天職なのではないかと思うこの頃である。