幕末から明治へ 札幌からアメリカへ

表題は岩波文庫版の内村鑑三『余はいかにしてキリスト信徒になりしか』の帯のコピーである。キリスト者(この言葉も内村が作った)としての内村鑑三の運命、その歴史的存在をよく捉えていると思う。さすが、岩波の編集者といった所か。

内村鑑三はキリスト教によって、才能を大きく開花させた人物である。まさか自分でも、農学を勉強するために札幌農学校(北海道大学)に入ったのに、キリスト教の受洗を契機に、イエス・キリストに導かれて、アメリカまで行くとは予想だにしなかったろう。内村はアメリカでは障害者施設の看護助手(介護士)をしながら、アマースト大学、ハートフォード神学校で学んだ。神学校の授業は彼を落胆させたが、おそらくその経験が彼を無教会派に向かわせたのだろう。

先日、駒込の日本医師会館に取材に行ったが、電信柱に無教会派 駒込キリスト聖書集会所 今井館の看板があった。伝道者は立教大学の卒業生である。まだ、お会いしたことはないが、立教は錚々たるキリスト者を輩出しているのが分かる。巣鴨のメソジストの教会の牧師も立教の卒業生だった。

元旦は立教学院諸聖徒礼拝堂に初詣に行った。この数年の私の変わらぬ習慣ないし心がけである。私がキリスト教の洗礼を受けて良かったことは、信仰と社交を通じて、自分の可能性を信じるようになったことである。今年は自分の天職のために精進したい。