こうして人間は何度も歩み始める。いつも出発の状態にいる。
人生全体の意味が「出発」ということではないだろうか。
僕はいつまでも、生きている限り、最初の出発の状態に在るのだ、ということを忘れないようにしよう。
森有正「城門のかたわらにて」
森有正『バビロンの流れのほとりにて』の合刊本をようやく読み終えた。本文2段組で、それなりの厚さはあるが、読了するまでに半年以上かかったような気がする。今回、読み返したのは多分、3回目だと思う。読むべき本が山ほど在る中で、折りに触れて、繰り返し読ませるのは大した事である。やはり、私は森有正が好きなんだと思う。フランスでの留学期間が過ぎた後でも、帰国せず、東大助教授の職をなげうって、現地で勉強を続けた哲学者に、己を投影するのはおこがましいが、現在、東京の生活に耐えている私にとって、範例になっている。彼の著作は自己の存在に怯え、耐えている人々にとって、限りない慰めと励ましを与えてくれるのである。
3回面の読書は、森が研究していた、パスカルの『パンセ』を併せて読んでいたので、大いに発見があった。本書の題名『バビロンの流れのほとりにて』は『詩篇』137篇から採ったことは言うまでもないが、パスカルによれば「バビロンの河」というのは、生成衰滅するこの世の存在を指しているというのである。銀座で水商売している私の耳に痛い話だが、永遠の存在である神に関わるキリスト者に相応しい仕事をしたいと思うこの頃である。
