BOOKMAN

TAKASHI KANEKO

ハリー・ハラーの秘薬

12時間くらい眠った。

昨夜は寝しなにビールを1本(500ml)、ウイスキーを2ショット、それと抗精神病薬ジプレキサ(2.5mg)を1錠飲んだ。普通、酒と薬の飲み合わせは禁忌なのだが、度が過ぎなければ、という条件つきで、ほとんどの薬剤師と精神科医が暗に認めている(さすがに薬を「ウイスキーの水割りで飲みくだす」という中村真一郎の真似はしない。チェイサー(追い水)で飲む)。薬学、医学が、治療中、酒、煙草など中枢神経に作用する嗜好品を禁止する理由は、思わぬ副作用を回避し、薬の純粋な作用を見たいからだろう。しかし、嗜好品とは本来、社会に迷惑をかけない限り、個人が自己責任で一服するものである(アヘンやマリファナなど鎮静系の薬物が国際的に禁止された理由は、個人の健康を害する以上に、社会の健康を害すると判断されたためである)。私は食道癌に侵された田村隆一が、最期に吸い飲みでウイスキーを飲んで「うまい」と言ったことが忘れられない。

私は約2年間、躁鬱病のために何種類かの精神科薬を飲んできたが、最近、症状が寛解してきたので、睡眠薬を排して抗精神病薬を単剤で、症状が悪化したときに頓服で飲むようにしている。減薬しても断薬しない理由は、相当な頻度で、不眠、抑鬱に苦しめられるからである。この原因は私の表面的な生活様式ではなく、私の本質、存在の次元に由来すると思われる。また、精神医学には精神病単一説という理論がある。これに従えば、分裂病鬱病躁鬱病など、病相を異にする全ての精神疾患は実は単一の病気なのであるが(なんだか西田哲学における一即多の概念に近いような気がする)、治療薬も抗うつ薬睡眠薬気分安定薬は傍流に過ぎず、コントミン、クロザイル、リスパダールジプレキサセロクエルなどの抗精神病薬が主流ということになる。事実、一種類の抗精神病薬で、不眠、抑鬱、妄想など、ほとんどの精神症状に対処することができる。

夕方、おもむろに、ヘルマン・ヘッセ高橋健二/訳)『荒野のおおかみ新潮文庫、1971年)を開く。すると、こんな一節があった。

私の旅行用薬箱には、苦痛をしずめるための優秀な薬がはいっていた。特別に強いあへんの製剤で、それを飲むことはごくまれで、数カ月さしひかえることもたびたびあった。肉体の苦痛に耐えがたくなるほど苦しめられるときだけ、この強い麻薬を用いた。残念ながらそれは自殺には適していなかった。

荒野の狼はときに秘薬を必要とする。