20代後半から30代前半にかけて、躁鬱病に罹患したことで、私の読書力は急速に落ち込んだけれども、聖書の読解を通じて、また、その周辺の神学書、哲学書を読むことを通じて、徐々に学生時代の水準くらいまで回復してきたような気がする。特に聖書の効果は抜群で、福音書、中でも『ヨハネ伝福音書』は哲学的思索に再び引き戻してくれたと同時に、神学的観想という新たな地平に連れて行ってくれたような気がする。
といっても、私は現代の一般的水準と比べれば、本を読んでいる方だが、文士として見た場合、大して本を読んでいないような気がする。第一線で活躍する評論家、文学者にはとても及ぶべくもない。せいぜい私の出来ることと言えば、聖書を手がかりに己の経験を解釈して、神を観想し、文学作品を創造することだけだろう。知識ではなく、経験と啓示を頼りに進んで行く。多分、それは愚直な道程になるだろう。