就寝後3時間くらいで目を覚ます。今日は2時半に起きた。教会の仕事を片づけたり、洗い物をしたり、コーヒーを淹れたりする。これが普通になりつつある。睡眠時間は短いが、特別、病気だと思っていない。薬を飲んでも飲まなくても(睡眠時間は)変わらないので、鬱などの不都合がなければ飲まないでいる。健康に気を遣い過ぎてはいけない、と今は思う。遅かれ早かれ、人の肉体は滅ぶ。健康に生きるよりも、平和に、自由に生きる方が大事なのだ。宿痾を受け入れた人間はそういう心持になる。
今日は日本聖公会東京教区/北関東教区の合同礼拝が、立教大学新座キャンパス附属の聖パウロ礼拝堂で執り行われる。チャペルジャーナル『レンガと蔦』の原稿依頼のために行くが、神の御許に人々が集い、働く場に自分を列ねることを通じて、己の限界を拡げたい気持がある。去年、洗礼を受けてから、現在に至るまで、私は会社でなく教会の働きを通じて、本当に逞しくなった。人が羨む程である。私の存在史において特筆すべき事柄だ。
早く起きた朝は、日が照る前に家をでますか。