師走に入り、公私ともに急速に忙しくなってきた。新たにそれも一部は未経験の仕事を始めるからであるが、社会的に「私の」役割が増えてきたからだと自覚している。必ずしも順風満帆ではないが、中年に入り、仕事も生活も油が乗ってきたのではないか。
最近の変化といえば、日本酒の味を覚えたことであろうか。私はもともと父親から酒(特に日本酒)の英才教育を受けてきたが、物心が付いた頃にはみずから進んで洋酒を嗜むようになり、以来、日本酒の味を忘れてしまった。しかし、学生の頃は土佐鶴などの銘酒を飲んできたこともあり、ジンロ、鏡月などの悪酒(当時は酷かった…)を飲むと身震いがし、あえて遠ざけることができた。今でも私は安ウイスキーを好んで飲むが、酒の味は識っている方である。善い酒は体と心に善いのである。
あと、他の出来事といえば、自宅の複数のPCで、WIFI経由でファイルを共有できるようになったことだろうか。Linuxはギークには堪らない面白いOSなので、今後、もっと習熟したい。自宅で余っている、Macbook Air 2015にLinuxをインスールして(macOSは吹き飛ばす)、メインマシンにするのが2025年上半期の目標である。
文学と神学に関しては急な飛躍は難しいが、焦ることなく、粘り強くやっていきたい。文学は人についての学問。神学は神についての学問。すべての創作と研究はこの前提から始まっている。人は皆、神の似姿として創られた。ゆえに神学を学ぶことは、文学を学ぶことに繋がり、神を知ることは人を知ることに繋がるのである。おそらく、その逆も然り。
躓くことも多いけれど、なんだかんだ言って、充実した日々である。